「さて、あまり長い間一緒にいると、春の君の妹背である事を、忘れてしまう。」

そう言って藤原崇文は、依楼葉の体を放して、立ち上がった。

「夏の君様!」

依楼葉の呼びかけに、藤原崇文は背中を向けて止まった。

「申し訳……ありません……」

その気持ちも知らずに近づいた自分を、依楼葉は責めた。

そして藤原崇文は、その気持ちを無言で受け止めた後、静かに去って行った。


依楼葉はしばらく、その部屋から外を眺めていた。

ゆく水に 数かくよりもはかなきは
思はぬ人を 思ふなりけり

(流れてゆく水に数を書くことより無益なのは、自分を思ってくれない人を恋い慕うことだ。)

空にはいつの間にか、月が出ていて、そんな時でも依楼葉は、帝である春の君を、思い出す。

そんな自分を、はかないと分かっていながら、見守るように恋しく思ってくれる夏の君を思うと、依楼葉は切なくなるのだった。