「藤壺に、気を付けよ。」

「えっ?」

顔を上げた時には、帝はもう立ち上がっていた。

「あの……主上?」

振り返った帝は、ただ依楼葉を見ると、何も言わずに行ってしまった。


- 藤壺に気を付けよ -


その言葉は、何を意味するのか。

依楼葉には、まだ分からなかった。


「和歌の君、大変でございましたね。」

帝の側についていた、女房がやってきた。

「あなたは?」

「はい。藤の君と言われております。」

「藤の君?」

「ええ……夫が、藤原家の者なので。」

そこで依楼葉は、ハッとした。


「もしかして、橘の君の夫は、橘家の?」

「はい。確か、橘厚弘様でいらっしゃいますわ。」

依楼葉は、目を丸くした。

「あの方が、夏の君の奥方……」

あのいつも、冷静沈着なところが、父・太政大臣である橘文弘に似ている夏の君。

依楼葉は、胸騒ぎを覚えた。