これが、皆の申す恋煩いと言うものなのか。

笑い声を聞いただけで、和歌の姫君の、眩しい笑顔も思い浮かぶ。

と、同時にあの日。

春の中納言が亡くなった時に見せた、あの苦しそうな表情。

私と一緒にいる事が、あの方の苦しみになるのなら、いっその事、このまま離れてしまった方が、いいのではないかと思った。

だが、このまま近くにいるのに、離れる事も、忘れる事もできない。


「失礼致します。」

戸の外で、太政大臣・橘文弘の声がした。

「太政大臣か。入れ。」

そして静かに、橘文弘が夜の御殿に入ると、五条帝はゆっくりと起き上がった。

「……体調が優れないと、お聞きしました。」

「ああ……」

帝は、俯き顔色も冴えない。

「薬師には、診て頂きましたか?」

「いいや。」

「では、一度診て頂きましょう。顔色もやや、悪いように感じます。何かあってからは、大変ですから。」