五条帝は、その紙を顔に押し付けた。

「姫君は、忘れてはいなかった。夢ならば、今宵定めよとは変えない。」


私は、生きています。

あの夜の事は、忘れてはいません。

でもそれは、あなたと私が、知っていればよい事。

帝は、『もう会えない。』と言った、依楼葉の気持ちが、痛い程分かっていた。


「会いたい……姫に、会いたい。」

帝は、その細い字に、依楼葉の事を思い巡らせた。


その様子を見ていた使いの者は、帝の悲痛な叫びを、読み取っていた。

「……その方は、左大臣家の姫君なのですね。」

「ああ、そうだ。」

帝は紙を折り、胸元の中に入れた。

「いっそ、入内させては如何ですか?」

帝は、深いため息をついた。


「……そなたは、桜子のしてきた事を、見ているだろう。」

「はい。」

「あの者は、自分以外の女御は、認めぬのだ。」

帝は、藤壺の方角を向いた。

「ですが、左大臣家の姫君となれば、手は出せぬのでは?」