「そう言えば、左大臣家の姫君は、親戚の家に行儀見習いに行っているとか。その姫君ですかね。」

「……あり得るな。」

太政大臣・橘文弘は、帝の恋患いの相手が、どうやら春の中納言の妹らしいと言うのを、忘れてはいなかった。

「もし、そうだとしたら、大変な事が起るかも。」

「えっ?」

供の者は、主人の顔を思わず見てしまった。

冷たい目で、姫君を見ている。


「すまぬが、あの姫が本当に、左大臣家の姫君か、調べてはくれぬか?」

「はい、承知しました。」

供の者は、早速主人の元を離れて行く。

なぜこうも、次から次へと、難問が持ち上がるのか。


まあ、一番の問題は、寵愛を受けていながら、一向に子ができない娘の桜子にあるのだが。

「ああ、祈祷でもするかのう。」

男の御子が産まれ、その子が帝になれば、自分は外戚として政治の表舞台に立てる。

家臣の最高位である太政大臣も、決して悪くはないが、あの賢い帝の元では、名ばかりのところもある。