桜の君も、そろそろ帰らなければならない時だ。

「和歌の姫君。私をここに、通わせてくれないだろうか。」

桜の君は、依楼葉の髪を手に取った。

「それは……無理なお願いでございます。」

依楼葉の目から、一筋の涙が零れた。


「一晩の、夢にはしたくない。」

桜の君が、依楼葉の顔を覗く。

「あなた様は、国を統べるお方。ここにおられる方では、ございません。」

しばらく依楼葉の顔を覗いていた桜の君は、和歌の姫君に背中を向けた。


「あなたは、残酷な方だ。あれほど情熱で、枕を交わし合ったと言うのに、何もなかったように、私に帰れと仰る。」

依楼葉は、顔を両手で覆った。

すると桜の君は、依楼葉を抱き起した。

「泣かないでくれ。私は決して、あなたを放しはしない。ここが無理だと言うなら、あなたを宮中に呼び寄せる。」

「お上……」

「あなたの前では、ただ一人の男、桜の君だ。いいね。」

そう言って桜の君は、帝に戻り、宮中に戻って行った。