「触れられなければ、痛みはございません。」

「痕は、残るのだろうか。」

「恐らく……」

そう返事をして、依楼葉はハッとした。

帝は、もしかして女として、自分に話しかけているんだろうか。


「そうだとしても、この傷のお陰で、帝には幸いお怪我はなかったのです。私には誉れに思います。」

「そうか。あの時は、助かった。春の中納言。」

依楼葉は、顔を上げた。

そこには、あの花見の祝宴で見た、優しい笑顔があった。

「……勿体無い、お言葉です。」

その笑顔の前では、依楼葉も咲哉の振りをしている事を、つい忘れてしまう。


「ところで春の中納言は、何が得意か。」

「そうですね……」

依楼葉は、いろいろと思い浮かべた。

「漢詩を読むのが好きです。」

「漢詩!?」

この時代、女が漢字を読めるのは、珍しい事だった。


「はい。幼き頃より慣れ親しんでおりまして。父に褒められると、嬉しくて、つい。それが高じていつの間にか、得意になっていました。」