「ただ?……」

「私と逢瀬を、重ねて行ってはくれませんか?」

依楼葉は自分の手を、帝の手の上に置いた。


待ちに待った言葉。

自分の恋が、今実ろうとしている。

このまま恋しい人に、身を任せたい。


だが依楼葉は、父の言葉を思い出した。

- 跡継ぎがいない状態では、左大臣の位を剥奪されるやも -

今、自分が女に戻ったら、家はどうなるのだ。


依楼葉は、五条帝から離れた。

「お許し下さい。」

「和歌の姫君?」

依楼葉は、唇を噛んだ。

「和歌の姫君とは、私の事ではございません。」

五条帝の手が止まった。


「この期に及んで、まだ男だと言い張るのですか?」

「なんと言われようと、私は中納言・藤原咲哉でございます。」

しばらく二人の間に、沈黙が流れた。

依楼葉は、五条帝に背中を向けた。

もうこのまま帰ってほしいと言う、意思表示だ。


「もう、会えぬのですか?」