依楼葉が体を揺らすと、咲哉は庭先にある、小川を見つめた。
 
世の中は なにか常なる あすか川
きのふの淵ぞ けふは瀬になる
(世の中には不変のものなどあろうか。飛鳥川も、昨日淵だったところが今日は瀬になっているのだ。)

依楼葉はゆっくりと、咲哉の腕から、手を放した。

「依楼葉。そなたに、頼みがあるのだ。」

依楼葉は、目を擦った。

「何だ?何なりと申せ。何でも持って来てやるぞ。」

「ははは。物ではないのだ。」

そう言うと咲哉は、依楼葉の方を向いた。


「我が死んだら、婿殿をとって、この左大臣家を守ってほしいのだ。」

依楼葉は、目を大きく見開いた。

「そのような事は、我は聞かぬ。聞かぬぞ、咲哉!」

「いや、聞いてくれ。依楼葉。」

「嫌じゃ、嫌じゃ。咲哉は死なぬ。また元気になって、中納言として出仕するのじゃ!」

依楼葉は、両手で顔を覆った。