私の抱えている感情に少しも気づいていない様子の梶さんは、日々変わりなくメッセージを寄越す。それは他愛のない内容のものばかりで、中には食事やお酒の誘いもあった。けれど、私はどうにか用事を作ってそれらを断っていた。勇気を出すには、もう少し時間が欲しかった。
佑がやって来たのは、ライブから一週間経ったころだった。
金曜の夜。まっすぐ家に帰ると、佑がエントランスにいた。
いいライブになったとLINEがあって以来だ。打ち上げのあと、事務所の契約やレコード会社との話はどうなったのだろう。
訊きたいことは山ほどあり焦るけれど、当の佑はいつもと変りなく飄々とした態度で、「腹減ったぁ」と人の顔を見れば食べ物のことが口をついて出てくる。
「何が食べたいの?」
部屋に入るなり、人の家の冷蔵庫を勝手に開けてコーラを飲み始めた佑に訊いた。
「なんでもいいや。あ、炭水化物。さっきまでスタジオに籠りきりでなんも食ってないから、めっちゃ腹減ってんだよ」
炭水化物ね。呆れた笑いを零して冷蔵庫を開けた。焼きそばがあったので、キャベツや豚バラなんかと一緒に炒めてテーブルに出す。
「おっ、さすが雪乃。揚げ玉は、外せねぇよな」
キャベツやなんかと一緒に、揚げ玉も入れていたことをさりげなく褒められた。揚げ玉を入れると、コクが出て美味しいのだ。
コーラ片手に焼きそばを食べる佑を目の前に、作り置きしてある麦茶をグラスに注いだ。
「あれ? あの、なんちゃらいういけ好かねぇ雑貨店のマグで、得意のコーヒーは飲まねぇのかよ」
「いけ好かねぇは、余計だから」
言い返す私を笑ってみている。
しかし、いつもながらに鋭い指摘。大雑把な性格と思わせて、意外と細かいところに気がついてしまうのだ、佑という男は。
あれ以来、Uzdrowienieの食器や雑貨を使っていない。勝手に蟠りに縛られて、目につかないように棚の奥にしまっていたのだ。折角気に入って買ったものなのだから本当は快く使いたいのだけれど、未だ梶さんの顔を見て櫻子さんのことを話す勇気を持てないせいで、とても使う気にはなれなかった。
曖昧に言葉を濁して黙り込むと、それ以上は訊かれずに済んだ。
「曲は、どうなったの? 契約は? 続けていけるの?」
自分のことを誤魔化してしまったせいか、やたらと捲し立てるような訊き方になってしまった。本当なら真摯に向き合って訊ねなければいけないことなのに、慌てた心が軽はずみな口調にさせてしまいすぐに後悔してしまう。
忙しない問いかけに、佑が声を上げて笑う。
「そんなに一気に、なんでもかんでも訊くなって」
ケタケタと笑った後、焼そばを一気にかき込み、空腹が抑えられてから話の続きを始めた。
「曲は、かなりいい感じで仕上がって、レコード会社は乗り気になってくれてる。ライブのあと、事務所の人たちと話して、契約も継続に持ち込めそうだよ」
「うっそ。やったじゃん。よかったね、佑っ。佑は、絶対に有名になるんだから。私が保証してるんだから」
勢い込んで抱きつかんばかりにテンションを上げて喜んでいたら、「落ち着けって」と佑が静かに笑みを漏らした。
「興奮しすぎだから」
「だって、興奮するでしょ。こんな嬉しいことなんてないんだから」
麦茶をまるで祝杯のアルコールの如くグビグヒと一気に飲み干してから、缶ビールを冷蔵庫から出した。
「乾杯しようっ。明日はお休みだから、私ガンガンいけるから」
缶を持ち上げて笑顔を見せると、俺も飲んでいいの? とニヤニヤした。その顔に向かって、手のひらを見せると肩を落とす。
佑の前に二本目のコーラを置き、缶ビールのプルトップを開けた。
「カンパーイ」
コーラのペットボトルと缶の音がぶつかり合うと、佑は少しだけ照れたように、「まだ本決まりじゃねぇぞ」なんて小さく零しながらも嬉しそうな顔つきをしている。
佑の安心したような表情を見ながら、少しだけ覚える罪悪感。お祝いなんて言ったけれど、実のところ自棄酒みたいなところもあった。本当は盛大に愚痴ってしまいたいところだけれど、折角佑が昇り調子になってきたというのに、暗い話など運気が下がってしまいそうだから言えない。
なのにその反動は、解りやすいくらいビールを飲むペースやテンションに現れてしまうものだから、佑が一旦深く息を吐き出し落ち着いた表情で私の目をじっと見てきた。
「雪乃。なんかあっただろ?」
一瞬とぼけようとしたけれど、まっすぐ見つめてくる佑の目力に敵うはずもなく、つい俯き頷いてしまった。
「雪乃は、解りやすいからなぁ」
佑はできるだけ場を明るくしようとしてくれているのか、少しばかりふざけた調子で笑った。話してみろよ、そんな風にいつまでも見てくる目に根負けして、ポツリポツリと話し出した。
「実はね、梶さんと付き合うことになって――――」
「――――ブホッ!!」
話し始めた途端、佑がコーラを盛大に吹き出した。
「ちょっ、汚いよ。佑」
「お前っ、だって。はぁっ!?」
青天の霹靂とでもいうように言葉にならないまま、佑が口の周りのコーラを手で拭っている。慌てた私も、急いでテーブルを布巾で拭いていった。
「なんだっけ、えっと。櫻とかいう女がいたんじゃなかったのか?」
落ち着きを取り戻したとはいえ、全く話の流れが見えないと驚いている。
「櫻子さんはね、一応違ったんだよね……」
「一応ってなんだよ」
先日のことを話していくと、佑の眉間にしわが寄っていった。あまりにも深く刻まれていく皴に指を伸ばして広げてみたい衝動にかられ、気がつけばどこか人ごとのようになっている自分に驚いた。
佑に相談したことで、心が一気に落ち着きを取り戻していったのだろう。佑の言う通り、何てわかり易いんだ自分。
「だから言ったろ。雪乃はいつだって、軽率なんだよ。上っ面だけ見てすぐにくっ付いていくから傷つくんだ。まー、付き合っちまったものを、今更どうこう言っても仕方ねぇけどよ」
目の前で落ち込んでいる姿を見て、佑が語尾を濁す。責めてもどうにもならないと、すぐに気持ちを切り替えたようだ。
「その櫻子って女、曲者だな。そういう女がそばにいる男っていうのは、面倒なことになりがちなんだよ」
「まさか、告白されるとは思ってなかったんだよね。私の勝手な独りよがりで終わってしまうと思ってたし」
「しかも、そんな嫌な気持ちにさせられるとは思いもしなかったってか? お人よし過ぎるんだよ、雪乃は。てか、恋愛に関して警戒心なさ過ぎ。もっとリサーチしろよ」
「リサーチって、仕事みたいでいやな感じじゃない」
「あのな、今時どんな人間がいるかわかったもんじゃねぇんだぞ。見た目普通でも、サイコパスかもしんないし。DVなんてされてからじゃ、抜け出すの大変らしいからな」
だから、俺みたいなのがいつまでも飯せびりにくんだよ。わかってる? と付け加えて笑うから私も笑ってしまった。
「てか、こんなところで笑いを取ってる場合じゃねぇか」
「梶さんの気持ちは信じたいの。だけど、櫻子さんのことを考えると、どうしても気持ちが前向きにならない」
「そりゃあ、そうだろ。そんな解りやすい嫌がらせされても前向きになれるなんて、どんだけポジティブなんだよ」
佑はケッと鼻で笑う。そのバカにしたような嘆息は、私に向けたものではなく、きっと梶さんや櫻子さんへ向けたものだ。だって、佑がイライラとしながら、ペットボトルをぎゅっと力強く握っているから。佑のイラつきとは対照的に力を込められたペットボトルは、キャップが閉まっているせいでびくともしない。中で小刻みに弾けている泡が、私のふがいなさを笑っているみたいだ。
「そのいけ好かなねぇ隣人。今日は、仕事か?」
不敵な笑みを向けるから、よからぬことを企てていそうだ。
「変な気を起こさないでよ」
先手を打って警戒すると、唇を尖らせた。
「やられたなら、やり返してやろうぜ」
腕を組んで片方の口角だけを上げる表情は、ガキ大将のような悪い顔をしている。
「なんか、人の恋愛事情を楽しんでない?」
バレたか、なんて佑は笑っているけれど、満更冗談でもなさそうだから、再び釘をさした。
「ホント、変なことしないでね」
「今度は、俺が雪乃の彼氏役をやってやろうと思ったのにな」
「余計にややこしくなるから、やめて。ていうか、佑が彼氏とか笑っちゃって無理だから」
「お前、それめちゃくちゃ失礼な話だかんな。わかってんのかよ」
不貞腐れる佑に、ポテトチップスの袋をチラつかせてご機嫌を取った。案の定、嬉しそうに手にする。君もなかなかにわかり易くて、お姉さんは安心だよ。
「佑のことはね、ちゃんと話したつもりだよ。私にとって家族同然の大切な人だからって。そしたら梶さんも、佑と仲よくなれたらいいなって」
「けど、初めに焼きもち焼きだって言われたんだろ?」
ポテトチップスを頬張る、佑の不満そうな顔に向けて頷いた。
「口でならなんとだって言えるさ。俺と仲良くなんて言ったって、こんな話を聞いたら元々いけ好かねぇと思ってたけど、更にいけ好かねぇ印象しか残らねぇし。それでも俺と仲良くしようなんて思えるのかって。いや、本当に雪乃のことを思うなら、努力して当然だけど、それがアイツにできるのかって話。それに、その櫻子とかいう元カノのことだってそうだろ。元カノがずっとそばにいるのが当然で、雪乃が嫌な気持ちになっていることにも気がつかないなんて、本当に雪乃のこが好きなのかよって言いたくなんだろ」
捲し立てるように憤慨すると、ポテトチップスをバリバリと貪り食べる。当たる相手がいないから、スナック菓子に当たっているようだ。一袋で足りるだろうか。
「やっぱさ。俺が彼氏のふりしてやるよ。なんだかんだ言って冷静な態度ぶっこいてたって、実際それらしい姿を目にしたら動揺して、本性表すだろ?」
本性なんてと、呆れた溜息を吐く私を再び面白がり始めた佑の勢いを止めるため、この話は終了だ。
「もう、いいからっ。自分で何とかするから」
ポテトチップスを完食して、コーラを飲んでいる佑に掌を見せてお断り。
「遠慮すんなよ、な」
「嫌な予感しかしないので」
ふざけながら言い合いを続けているうちに、いつの間にか声を上げて笑っていた。
佑が冗談のように話してくれたことで、私の気持ちは確実に軽くなっていた。
笑うって、大事だね。
佑がやって来たのは、ライブから一週間経ったころだった。
金曜の夜。まっすぐ家に帰ると、佑がエントランスにいた。
いいライブになったとLINEがあって以来だ。打ち上げのあと、事務所の契約やレコード会社との話はどうなったのだろう。
訊きたいことは山ほどあり焦るけれど、当の佑はいつもと変りなく飄々とした態度で、「腹減ったぁ」と人の顔を見れば食べ物のことが口をついて出てくる。
「何が食べたいの?」
部屋に入るなり、人の家の冷蔵庫を勝手に開けてコーラを飲み始めた佑に訊いた。
「なんでもいいや。あ、炭水化物。さっきまでスタジオに籠りきりでなんも食ってないから、めっちゃ腹減ってんだよ」
炭水化物ね。呆れた笑いを零して冷蔵庫を開けた。焼きそばがあったので、キャベツや豚バラなんかと一緒に炒めてテーブルに出す。
「おっ、さすが雪乃。揚げ玉は、外せねぇよな」
キャベツやなんかと一緒に、揚げ玉も入れていたことをさりげなく褒められた。揚げ玉を入れると、コクが出て美味しいのだ。
コーラ片手に焼きそばを食べる佑を目の前に、作り置きしてある麦茶をグラスに注いだ。
「あれ? あの、なんちゃらいういけ好かねぇ雑貨店のマグで、得意のコーヒーは飲まねぇのかよ」
「いけ好かねぇは、余計だから」
言い返す私を笑ってみている。
しかし、いつもながらに鋭い指摘。大雑把な性格と思わせて、意外と細かいところに気がついてしまうのだ、佑という男は。
あれ以来、Uzdrowienieの食器や雑貨を使っていない。勝手に蟠りに縛られて、目につかないように棚の奥にしまっていたのだ。折角気に入って買ったものなのだから本当は快く使いたいのだけれど、未だ梶さんの顔を見て櫻子さんのことを話す勇気を持てないせいで、とても使う気にはなれなかった。
曖昧に言葉を濁して黙り込むと、それ以上は訊かれずに済んだ。
「曲は、どうなったの? 契約は? 続けていけるの?」
自分のことを誤魔化してしまったせいか、やたらと捲し立てるような訊き方になってしまった。本当なら真摯に向き合って訊ねなければいけないことなのに、慌てた心が軽はずみな口調にさせてしまいすぐに後悔してしまう。
忙しない問いかけに、佑が声を上げて笑う。
「そんなに一気に、なんでもかんでも訊くなって」
ケタケタと笑った後、焼そばを一気にかき込み、空腹が抑えられてから話の続きを始めた。
「曲は、かなりいい感じで仕上がって、レコード会社は乗り気になってくれてる。ライブのあと、事務所の人たちと話して、契約も継続に持ち込めそうだよ」
「うっそ。やったじゃん。よかったね、佑っ。佑は、絶対に有名になるんだから。私が保証してるんだから」
勢い込んで抱きつかんばかりにテンションを上げて喜んでいたら、「落ち着けって」と佑が静かに笑みを漏らした。
「興奮しすぎだから」
「だって、興奮するでしょ。こんな嬉しいことなんてないんだから」
麦茶をまるで祝杯のアルコールの如くグビグヒと一気に飲み干してから、缶ビールを冷蔵庫から出した。
「乾杯しようっ。明日はお休みだから、私ガンガンいけるから」
缶を持ち上げて笑顔を見せると、俺も飲んでいいの? とニヤニヤした。その顔に向かって、手のひらを見せると肩を落とす。
佑の前に二本目のコーラを置き、缶ビールのプルトップを開けた。
「カンパーイ」
コーラのペットボトルと缶の音がぶつかり合うと、佑は少しだけ照れたように、「まだ本決まりじゃねぇぞ」なんて小さく零しながらも嬉しそうな顔つきをしている。
佑の安心したような表情を見ながら、少しだけ覚える罪悪感。お祝いなんて言ったけれど、実のところ自棄酒みたいなところもあった。本当は盛大に愚痴ってしまいたいところだけれど、折角佑が昇り調子になってきたというのに、暗い話など運気が下がってしまいそうだから言えない。
なのにその反動は、解りやすいくらいビールを飲むペースやテンションに現れてしまうものだから、佑が一旦深く息を吐き出し落ち着いた表情で私の目をじっと見てきた。
「雪乃。なんかあっただろ?」
一瞬とぼけようとしたけれど、まっすぐ見つめてくる佑の目力に敵うはずもなく、つい俯き頷いてしまった。
「雪乃は、解りやすいからなぁ」
佑はできるだけ場を明るくしようとしてくれているのか、少しばかりふざけた調子で笑った。話してみろよ、そんな風にいつまでも見てくる目に根負けして、ポツリポツリと話し出した。
「実はね、梶さんと付き合うことになって――――」
「――――ブホッ!!」
話し始めた途端、佑がコーラを盛大に吹き出した。
「ちょっ、汚いよ。佑」
「お前っ、だって。はぁっ!?」
青天の霹靂とでもいうように言葉にならないまま、佑が口の周りのコーラを手で拭っている。慌てた私も、急いでテーブルを布巾で拭いていった。
「なんだっけ、えっと。櫻とかいう女がいたんじゃなかったのか?」
落ち着きを取り戻したとはいえ、全く話の流れが見えないと驚いている。
「櫻子さんはね、一応違ったんだよね……」
「一応ってなんだよ」
先日のことを話していくと、佑の眉間にしわが寄っていった。あまりにも深く刻まれていく皴に指を伸ばして広げてみたい衝動にかられ、気がつけばどこか人ごとのようになっている自分に驚いた。
佑に相談したことで、心が一気に落ち着きを取り戻していったのだろう。佑の言う通り、何てわかり易いんだ自分。
「だから言ったろ。雪乃はいつだって、軽率なんだよ。上っ面だけ見てすぐにくっ付いていくから傷つくんだ。まー、付き合っちまったものを、今更どうこう言っても仕方ねぇけどよ」
目の前で落ち込んでいる姿を見て、佑が語尾を濁す。責めてもどうにもならないと、すぐに気持ちを切り替えたようだ。
「その櫻子って女、曲者だな。そういう女がそばにいる男っていうのは、面倒なことになりがちなんだよ」
「まさか、告白されるとは思ってなかったんだよね。私の勝手な独りよがりで終わってしまうと思ってたし」
「しかも、そんな嫌な気持ちにさせられるとは思いもしなかったってか? お人よし過ぎるんだよ、雪乃は。てか、恋愛に関して警戒心なさ過ぎ。もっとリサーチしろよ」
「リサーチって、仕事みたいでいやな感じじゃない」
「あのな、今時どんな人間がいるかわかったもんじゃねぇんだぞ。見た目普通でも、サイコパスかもしんないし。DVなんてされてからじゃ、抜け出すの大変らしいからな」
だから、俺みたいなのがいつまでも飯せびりにくんだよ。わかってる? と付け加えて笑うから私も笑ってしまった。
「てか、こんなところで笑いを取ってる場合じゃねぇか」
「梶さんの気持ちは信じたいの。だけど、櫻子さんのことを考えると、どうしても気持ちが前向きにならない」
「そりゃあ、そうだろ。そんな解りやすい嫌がらせされても前向きになれるなんて、どんだけポジティブなんだよ」
佑はケッと鼻で笑う。そのバカにしたような嘆息は、私に向けたものではなく、きっと梶さんや櫻子さんへ向けたものだ。だって、佑がイライラとしながら、ペットボトルをぎゅっと力強く握っているから。佑のイラつきとは対照的に力を込められたペットボトルは、キャップが閉まっているせいでびくともしない。中で小刻みに弾けている泡が、私のふがいなさを笑っているみたいだ。
「そのいけ好かなねぇ隣人。今日は、仕事か?」
不敵な笑みを向けるから、よからぬことを企てていそうだ。
「変な気を起こさないでよ」
先手を打って警戒すると、唇を尖らせた。
「やられたなら、やり返してやろうぜ」
腕を組んで片方の口角だけを上げる表情は、ガキ大将のような悪い顔をしている。
「なんか、人の恋愛事情を楽しんでない?」
バレたか、なんて佑は笑っているけれど、満更冗談でもなさそうだから、再び釘をさした。
「ホント、変なことしないでね」
「今度は、俺が雪乃の彼氏役をやってやろうと思ったのにな」
「余計にややこしくなるから、やめて。ていうか、佑が彼氏とか笑っちゃって無理だから」
「お前、それめちゃくちゃ失礼な話だかんな。わかってんのかよ」
不貞腐れる佑に、ポテトチップスの袋をチラつかせてご機嫌を取った。案の定、嬉しそうに手にする。君もなかなかにわかり易くて、お姉さんは安心だよ。
「佑のことはね、ちゃんと話したつもりだよ。私にとって家族同然の大切な人だからって。そしたら梶さんも、佑と仲よくなれたらいいなって」
「けど、初めに焼きもち焼きだって言われたんだろ?」
ポテトチップスを頬張る、佑の不満そうな顔に向けて頷いた。
「口でならなんとだって言えるさ。俺と仲良くなんて言ったって、こんな話を聞いたら元々いけ好かねぇと思ってたけど、更にいけ好かねぇ印象しか残らねぇし。それでも俺と仲良くしようなんて思えるのかって。いや、本当に雪乃のことを思うなら、努力して当然だけど、それがアイツにできるのかって話。それに、その櫻子とかいう元カノのことだってそうだろ。元カノがずっとそばにいるのが当然で、雪乃が嫌な気持ちになっていることにも気がつかないなんて、本当に雪乃のこが好きなのかよって言いたくなんだろ」
捲し立てるように憤慨すると、ポテトチップスをバリバリと貪り食べる。当たる相手がいないから、スナック菓子に当たっているようだ。一袋で足りるだろうか。
「やっぱさ。俺が彼氏のふりしてやるよ。なんだかんだ言って冷静な態度ぶっこいてたって、実際それらしい姿を目にしたら動揺して、本性表すだろ?」
本性なんてと、呆れた溜息を吐く私を再び面白がり始めた佑の勢いを止めるため、この話は終了だ。
「もう、いいからっ。自分で何とかするから」
ポテトチップスを完食して、コーラを飲んでいる佑に掌を見せてお断り。
「遠慮すんなよ、な」
「嫌な予感しかしないので」
ふざけながら言い合いを続けているうちに、いつの間にか声を上げて笑っていた。
佑が冗談のように話してくれたことで、私の気持ちは確実に軽くなっていた。
笑うって、大事だね。