酔い覚ましのように歩く二人の手は、シネコンの時のように指が絡み合い、私の心臓の高鳴りは続いていた。

 この辺りには、大きな森林公園以外にも、いくつかの小さな公園が点在している。そのどれもが遊具は二つほどで。ブランコか、バネがついた動物の乗り物があるくらいだった。小さな路地と路地の間にぽつりと存在していることが多いので、住民はショートカットするために公園を横切ることがある。

 当然こんな時間に子供が遊んでいるはずもなく、公園には誰の陰もない。あんまり静かだと、心音が隣の梶さんに丸聞こえになる気がした。

 会社にいる間は、あんなに櫻子さんのことを気に病んでいたというのに、今は梶さんのことばかりで心がふわふわとしている。こうやって櫻子さんのことが頭をよぎっても、梶さんへの気持ちの方が勝っているのが不思議だった。繋がる手が確かなものだと、心が感じているのかな。

 街灯の灯りが、遊具をぼんやりと照らしていた。使い古されたベンチのくすみ具合は、この夜では判然としない。

「小さい頃ブランコが好きで、よく乗ってたんですけど。大人になって乗ってみたら、気持ち悪くなっちゃって。三半規管が弱くなっちゃったんですかね? 遊園地なんかの乗り物は平気なのに、変ですよね」

 ブランコのそばへ近寄り、子供や母親によって何度も触れられた、ブランコの椅子を支える大きな鎖に手を触れる。つるっとしていて、街灯の灯りに黒々とした色を光らせていた。手を触れると、鉄の匂いがすぐに移った。

「僕も今乗ったら、気持ち悪くなったりするだろうか」

 子供のようにクシャリと笑みを作りながら、ブランコに手をかける。

「乗るんですか?」
「うん。大人になってからブランコに乗る機会もないから」

 この時間なら誰に見られることもないし、人目は気にならないよね。だけど、梶さんとブランコというイメージがあまりに合わなくて笑みが浮かんだ。

 意外と子供みたいなところがあるみたい。そういうところも好きだな。

 子供みたいにワクワクとした表情でブランコに腰かけると、少し窮屈そうな椅子の上で漕ぎだした。

「雪乃ちゃんも乗ってみたら」

 少しだけ軋む音を立てたブランコが、私の前で緩やかに行ったり来たりを繰り返す。隣のブランコに視線をやって、ほら。乗ってごらん。そんな風な表情で優しく促されると、自然と体が動いた。

 梶さんに倣って、ゆっくりとブランコを漕いだ。少しずつ大きな波のように揺れ始めるブランコ。夜の風を浴びて乗るブランコはとても新鮮でいて不思議で、そして懐かしい。

 小さな頃は、この波をどんどん大きくして。果てしなく高いところまで飛んでいけそうな気さえしていた。勢いをつけて漕ぐたびに、青い空が近づいて。勢いをつけて戻ると風が気持ちよくて、やたらとテンションが上がったものだ。最終的にはジャンプをして、ブランコから飛び降りるなんていう、今では怪我必須のアクロバチックなことだってやっていた。膝小僧をすりむくくらいなんてことなくて、小さい頃は本当にやんちゃだったな。

 梶さんの漕ぐブランコと何度もすれ違い、何度も笑みを交わす。二つのブランコは、いつしか同時に前へ、後ろへ。まるで一緒の乗り物にでも乗っているような感覚になった。

 楽しい。いい大人が深夜にブランコなんて、傍から見たら滑稽かもしれないけど、とても楽しい。きっと、一緒にいるのが梶さんだから楽しいんだね。

 人目を気にすることなく、二人のブランコは何度も何度も風を切る。梶さんに視線をやれば、笑顔が返ってくる。
 楽しくなり調子に乗って漕いでいたら、胃の当りが気持ち悪くなってきた。スピードを緩め、少しずつブランコの動きを止めそのまま座った。

「やっぱり、ちょっとダメですね」

 少しばかり乗り物酔いしたような気持ち悪さに表情が歪む。小さく息を吐くと、梶さんもブランコを降り、私の前に立った。

「雪乃ちゃん」

 心配するような瞳が覗き込んでくる。そのままゆっくりと覆いかぶさるように抱き締められた後、体を離してから唇が触れた。

 三度目のキスは少し深くて。絡まる舌が、心の中まで甘く絡めとる。子供の遊具に座ったままという背徳感の中、触れる唇は離れることがなく、何度も何度も気持ちを抱きしめるように触れてくる。離れることなどできないように合わせる唇は、互いに求めてやまない。どんなに触れても足りないくらい熱いキスだ。

 梶さんのキスは、大人の印象を覆すくらい、とても人恋しいように求めてきた。どんな時もスキンシップを好む、甘えの強い人。初めに感じていた大人のイメージを覆す姿にのめり込んでいまう。大人で冷静で、なのに二人の時は甘く優しい。ギャップの激しさにやられているのか。気を許し、甘えてくれることが嬉しいのか。
 キスのあとブランコから立ち上がると、そのまま抱き締めて放してくれない。

「ずっとこのままでいたい」

 耳元で囁かれてしまえば、ブランコよりも幸せな眩暈にクラクラと酔いしれた。

 再び手が繋がり、指が絡まり歩き出す。小さな公園を抜けて路地を行くと、見慣れた場所に出た。ここからは十分も歩けば、マンションへとたどり着けるだろう。

「二人で歩くの、楽しいですね」

 好きな人と並んで歩くだけで、それはとても幸せな時間になる。深夜ということもあって、おかしなテンションのスイッチだって入ってしまうくらい。

 恥ずかしげもなく流行りの歌をハミングするだけで、明るい気持ちになった。夜の空気は、無駄な音を紛れ込ませず。少し離れた場所にいる森林公園の鳥たちだって静かなものだ。二人の歩く微かな靴の音。明るいハミング。梶さんの笑顔。自然と足元が弾んでしまう。

「雪乃ちゃんといると、僕はいつも元気をもらえるよ」
「そうですか? あ、あっ君も元気ですよね」

 嬉しさと恥ずかしさをちょっとだけ誤魔化すみたいに、あっ君の名前を出したら梶さんが笑った。

「確かに。淳史は、いつもあんな感じだね。おかげでUzdrowienieも明るい雰囲気になって助かるよ。僕は、どちらかというとあまり話す方じゃないからね」

 普段の梶さんは、確かにそうなのだろう。私が今まで見てきた梶さんのイメージは、寡黙で冷静で紳士で静かに笑みを浮かべる人だったから。
 けれど、今は違う。一緒の時の梶さんは、想像できないくらい熱くて甘くて、心が幸せに満たされる。いつも熱い気持ちを向けてくれるから、心臓はすぐに反応して早鐘を打つ。梶さんに触れられると、その場所は熱を持つように反応し体温を上昇させる。

「本当は、まじめで誠実な男だよ、淳史ってやつは。ただ、それを表に出すのが恥ずかしいのか、いつもお茶らけたことばかりしてるんだ。一緒に働く僕としては、毎日楽しいけれどね」

 あっ君のことを話しながら、クスリと笑みをこぼした。

「任せた仕事以上のこともしっかりやってくれて、僕としては言うことがないよ」

 あっ君に対する評価はとても高く、信頼しているのがよくわかる。

「淳史が大学を卒業してしまったら、代わりの従業員を探すことになるけれど。今から大変だなって、ね。同じレベルの人を求めたいのが本音だけれど。そんなに簡単なことではないだろうし。かと言って、淳史を引き留めるなんてことはしたくない。あいつには、自分の会社を立ち上げるっていう夢があるからね。その時は、快く送り出してやりたい」

 お店を経営するっていうのは、商品を売るだけではない。従業員のことにだって、気を回さなくちゃならない。雇われ社員の私には、到底考えられない世界だ。

「梶さんて、本当にすごいですね」
「どうしたの、急に」

 語彙力もなく、感心や尊敬の念を込めて言ったのだけれど、当の本人は笑ってしまっている。

「私にできることがあったら、何でも言ってくださいね。お休みの日の品出しとか、簡単な作業くらいならお手伝い出来ると思います」
「ごめん、ごめん。変な気を遣わせてしまったね。雪乃ちゃんは、そんなこと気にかけなくていいんだよ。君は、僕のそばにいてくれれば、それでいい」

 ゆっくりと歩調が緩まり、足が止まる。梶さんの唇が、再び私の唇と重なった。触れるだけの軽いキス。今日一日で何度キスをしただろう。何度唇を重ねても足りないくらい、愛しい。