ダイニングの椅子に座っていた佑が、さっき貰ったチラシを手にして見ていた。
「雑貨屋って。ケッ」
不満気に漏らした後、近くにあったごみ箱へ、ひょいっとチラシを投げ入れた。
「えっ、ちょっと。なんで捨てるのよ」
淹れている途中のコーヒーを放置して、ゴミ箱の中に放り込まれてしまったチラシを慌てて拾う。
「挨拶に行ってすぐ、自分ところの店を営業しにくるなんて、がめついだろ。碌なもんじゃねぇ」
背もたれに寄りかかると、こっちに視線を向ける。その目は、また簡単にヘンなのに引っかかるなよ。とでも言っているみたいだ。
簡単に引っ掛かっているつもりはないのだけれど、前回付き合った相手にはまんまと騙されていたから、佑から向けられる視線に頬が引き攣る。
「チラシに載ってる物は、女の子が好みそうな雑貨ばかりだよね。可愛い」
わざとらしいほどに声高に話してみたところで、佑に通用するはずもなく。
「どうでもいいし。コーヒーまだかよ」
取り繕うような言葉を一蹴したあとは、早くしろとコーヒーをせがまれた。
「佑の態度の方が、どうなのよ」
「俺は、一貫してこの態度だ」
キッパリと言い切る姿が、あまりにも清々しい。
「確かにね」
呆れながらも笑ってしまう。
「で。佑の方はどうなのよ」
ライブ仲間と話し込んでいたってことは、何かしら音楽関係で気に入らないことが発生しているに違いない。きっと、内心では愚痴を話したくてウズウズしているはずだ。
「それがさ、聞けよ、雪乃」
待ってました。とばかりに、佑は前のめりになって話し出した。
「プロデューサーが、おかしなアレンジャーを連れてきてよ。俺の今までの曲を、勝手にアレンジするとか言い出して」
佑は、大袈裟なほどに嘆息した。
「しかたないでしょ。曲が売れなきゃ話にならないんだし。少しくらい言うこと聞いておけば?」
「俺には俺の曲のイメージってもんがあんだよ。そのイメージをいい意味で覆すくらいのアレンジしてくんなら許してやるよ」
「何様よ」
俺様態度の佑を笑い、コーヒーを注いだマグカップをテーブルに置いた。プレートに置かれたパンを手に取り、香りを確かめる。
「バターたっぷりのいい匂い。美味しそうだね。それに、たくさん入ってる」
袋の中を覗くと、軽く十個は収まっていた。
「こんなに貰っちゃっていいのかな?」
「今更だろ」
佑は全く気にすることなく、次々とロールパンをお腹におさめていった。まるで、佑の口の中に入ったものは、どこか別の場所に一瞬で運ばれてしまっているんじゃないかと思わせるくらいのハイペースだ。あんなにたくさんと思っていたパンは、あっという間に佑のお腹の中に消費され、私が食べたのは二つだけだった。
「細いのに、ホントよく食べるよね」
呆れつつコーヒーを口にすると、佑がじーっとこちらを見る。
「な、何よ……」
僅かに動揺したのは、こういう時の佑が考えていることは、大抵碌なことじゃないからだ。
「太ったか?」
案の定。ニヤニヤとした視線で、頬や顎の当りを見ている。顔に肉がついたと言いたいのだろう。
「ちょっとー!」
瞬時に言い返すと、面白そうにして更にからかってきた。
「いやいや。恋する乙女になりそうだから、気にしてやってんじゃん。太りすぎて、雪乃が嫌われたら可哀相だろ」
「余計なお世話だから。大体、お隣さんは随分と年上みたいだし。私なんて、気にも留めないでしょ」
自虐的にほぼ何も考えずに言い返したけれど、言い終わってから本当にそうだよね、なんて思う。お隣さんのように癒し系でスマートなタイプに、子供みたいにはしゃいだり騒いだりする私みたいな女は、到底似合わないだろう。似合わないと考えることさえ、おこがましく思えるほどだ。
「まぁ、まぁ。雪乃がそう言うなら、俺もね、少しは考えるよ。会ってすぐに、営業掛けてくるような奴だし、どうかと思うけど」
「だから、嫌味臭いってば。ていうか、佑はどうなのよ」
人のことを散々からかう佑だけれど、佑も佑で女運にはあまり恵まれていないのだ。
「俺? まー、いつも通りだな」
「佑のいつも通りは、迷惑でしかないんだから、しっかりしてよね」
「わかってるって。ギャンギャン言うなよ」
佑には、一応の固定ファンがついている。曲はあまり売れていなくても、小さなライブハウスで活動はしているので、ファンの女の子は所謂追っかけのようにしてやってくるのだ。
こんな態度の佑だから、どう見積もっても清楚なお嬢様系など近づいてくるわけもなく。傍に来るのは、似たような雰囲気で、皮膚に空いているピアスの穴をつい数えてしまうような子や。一見ごくごく普通の子に見えても、とても嫉妬深く。加えファン心理も強いものだから、まるでローディーの如く、佑にべったりと近づいてくるような子だったりする。
もちろん女の子たちの中には、純粋に佑の曲や歌を聴きにきてくれている人たちもいるのは確かだ。けれど、やはり佑の風貌がなまじいいから、そうじゃない子。所謂、佑自身を目的とした子たちが多い。ちょっとアイドルかぶれしたような佑の顔は、くっきりとした二重が黙っていれば可愛いらしい。あくまで、黙っていればの話だけれど。
当初、事務所もアイドル顔に目を止めて、そっち押しで売り出そうと計画を練っていたにもかかわらず、佑は頑なにそれを拒否した。曲を聴いて欲しいのに、ビジュアルで客寄せなんてできるかっ! と、さながら九州男児のようなはねつけ具合だったのだ。
曲を聴いて欲しいという気持ちはよく解るけれど、興味をもって貰わないことには、曲にだって耳を傾けて貰えないだろう。ビジュアルだって、充分大事なのだ。
ビジュアル押しを蹴ったおかげで、佑は未だに細々とした生活を送っているのが現実だ。うちに来る目的のほぼ八割が、食糧目当て。残りの二割が何なのかは、理不尽な気がして不満がたまりそうだから、あまり深く考えないようにしている。
そんなわけで、宝の持ち腐れのように顔がいい佑は、それ目当ての女の子が必然と寄ってくる。そこまでならまだいいのだけれど、私と佑の関係を勝手に勘ぐって、度々あらぬ疑いをかけられるのだ。いきなり、別れてよっ。と詰め寄られたこともあるし。こんな年増女のどこがいいのっ! 胸なんてペタンこじゃないっ。なんてことも数知れず言われた。
佑目当ての女子に、私の自尊心は毎回ズタボロにされてしまうのだ。心を傷つけられながらも、その度に誤解だという説明を強いられるし、ホント迷惑でならない。そんなことを、もう何度も繰り返してきていた。恋人運が互いにないこともあって、お互いの恋の行方や悩みは尽きないのである。
「雑貨屋って。ケッ」
不満気に漏らした後、近くにあったごみ箱へ、ひょいっとチラシを投げ入れた。
「えっ、ちょっと。なんで捨てるのよ」
淹れている途中のコーヒーを放置して、ゴミ箱の中に放り込まれてしまったチラシを慌てて拾う。
「挨拶に行ってすぐ、自分ところの店を営業しにくるなんて、がめついだろ。碌なもんじゃねぇ」
背もたれに寄りかかると、こっちに視線を向ける。その目は、また簡単にヘンなのに引っかかるなよ。とでも言っているみたいだ。
簡単に引っ掛かっているつもりはないのだけれど、前回付き合った相手にはまんまと騙されていたから、佑から向けられる視線に頬が引き攣る。
「チラシに載ってる物は、女の子が好みそうな雑貨ばかりだよね。可愛い」
わざとらしいほどに声高に話してみたところで、佑に通用するはずもなく。
「どうでもいいし。コーヒーまだかよ」
取り繕うような言葉を一蹴したあとは、早くしろとコーヒーをせがまれた。
「佑の態度の方が、どうなのよ」
「俺は、一貫してこの態度だ」
キッパリと言い切る姿が、あまりにも清々しい。
「確かにね」
呆れながらも笑ってしまう。
「で。佑の方はどうなのよ」
ライブ仲間と話し込んでいたってことは、何かしら音楽関係で気に入らないことが発生しているに違いない。きっと、内心では愚痴を話したくてウズウズしているはずだ。
「それがさ、聞けよ、雪乃」
待ってました。とばかりに、佑は前のめりになって話し出した。
「プロデューサーが、おかしなアレンジャーを連れてきてよ。俺の今までの曲を、勝手にアレンジするとか言い出して」
佑は、大袈裟なほどに嘆息した。
「しかたないでしょ。曲が売れなきゃ話にならないんだし。少しくらい言うこと聞いておけば?」
「俺には俺の曲のイメージってもんがあんだよ。そのイメージをいい意味で覆すくらいのアレンジしてくんなら許してやるよ」
「何様よ」
俺様態度の佑を笑い、コーヒーを注いだマグカップをテーブルに置いた。プレートに置かれたパンを手に取り、香りを確かめる。
「バターたっぷりのいい匂い。美味しそうだね。それに、たくさん入ってる」
袋の中を覗くと、軽く十個は収まっていた。
「こんなに貰っちゃっていいのかな?」
「今更だろ」
佑は全く気にすることなく、次々とロールパンをお腹におさめていった。まるで、佑の口の中に入ったものは、どこか別の場所に一瞬で運ばれてしまっているんじゃないかと思わせるくらいのハイペースだ。あんなにたくさんと思っていたパンは、あっという間に佑のお腹の中に消費され、私が食べたのは二つだけだった。
「細いのに、ホントよく食べるよね」
呆れつつコーヒーを口にすると、佑がじーっとこちらを見る。
「な、何よ……」
僅かに動揺したのは、こういう時の佑が考えていることは、大抵碌なことじゃないからだ。
「太ったか?」
案の定。ニヤニヤとした視線で、頬や顎の当りを見ている。顔に肉がついたと言いたいのだろう。
「ちょっとー!」
瞬時に言い返すと、面白そうにして更にからかってきた。
「いやいや。恋する乙女になりそうだから、気にしてやってんじゃん。太りすぎて、雪乃が嫌われたら可哀相だろ」
「余計なお世話だから。大体、お隣さんは随分と年上みたいだし。私なんて、気にも留めないでしょ」
自虐的にほぼ何も考えずに言い返したけれど、言い終わってから本当にそうだよね、なんて思う。お隣さんのように癒し系でスマートなタイプに、子供みたいにはしゃいだり騒いだりする私みたいな女は、到底似合わないだろう。似合わないと考えることさえ、おこがましく思えるほどだ。
「まぁ、まぁ。雪乃がそう言うなら、俺もね、少しは考えるよ。会ってすぐに、営業掛けてくるような奴だし、どうかと思うけど」
「だから、嫌味臭いってば。ていうか、佑はどうなのよ」
人のことを散々からかう佑だけれど、佑も佑で女運にはあまり恵まれていないのだ。
「俺? まー、いつも通りだな」
「佑のいつも通りは、迷惑でしかないんだから、しっかりしてよね」
「わかってるって。ギャンギャン言うなよ」
佑には、一応の固定ファンがついている。曲はあまり売れていなくても、小さなライブハウスで活動はしているので、ファンの女の子は所謂追っかけのようにしてやってくるのだ。
こんな態度の佑だから、どう見積もっても清楚なお嬢様系など近づいてくるわけもなく。傍に来るのは、似たような雰囲気で、皮膚に空いているピアスの穴をつい数えてしまうような子や。一見ごくごく普通の子に見えても、とても嫉妬深く。加えファン心理も強いものだから、まるでローディーの如く、佑にべったりと近づいてくるような子だったりする。
もちろん女の子たちの中には、純粋に佑の曲や歌を聴きにきてくれている人たちもいるのは確かだ。けれど、やはり佑の風貌がなまじいいから、そうじゃない子。所謂、佑自身を目的とした子たちが多い。ちょっとアイドルかぶれしたような佑の顔は、くっきりとした二重が黙っていれば可愛いらしい。あくまで、黙っていればの話だけれど。
当初、事務所もアイドル顔に目を止めて、そっち押しで売り出そうと計画を練っていたにもかかわらず、佑は頑なにそれを拒否した。曲を聴いて欲しいのに、ビジュアルで客寄せなんてできるかっ! と、さながら九州男児のようなはねつけ具合だったのだ。
曲を聴いて欲しいという気持ちはよく解るけれど、興味をもって貰わないことには、曲にだって耳を傾けて貰えないだろう。ビジュアルだって、充分大事なのだ。
ビジュアル押しを蹴ったおかげで、佑は未だに細々とした生活を送っているのが現実だ。うちに来る目的のほぼ八割が、食糧目当て。残りの二割が何なのかは、理不尽な気がして不満がたまりそうだから、あまり深く考えないようにしている。
そんなわけで、宝の持ち腐れのように顔がいい佑は、それ目当ての女の子が必然と寄ってくる。そこまでならまだいいのだけれど、私と佑の関係を勝手に勘ぐって、度々あらぬ疑いをかけられるのだ。いきなり、別れてよっ。と詰め寄られたこともあるし。こんな年増女のどこがいいのっ! 胸なんてペタンこじゃないっ。なんてことも数知れず言われた。
佑目当ての女子に、私の自尊心は毎回ズタボロにされてしまうのだ。心を傷つけられながらも、その度に誤解だという説明を強いられるし、ホント迷惑でならない。そんなことを、もう何度も繰り返してきていた。恋人運が互いにないこともあって、お互いの恋の行方や悩みは尽きないのである。