後宮には現在ふたりの女御がいるが、そのどちらにも帝からのお召しはない。後宮へ渡りもせず斎ばかりを愛でる帝を、女御は当初「女人に興味を抱けない稚児趣味なのだ」と思っていた。

 だが真実はそうではない。帝はずっと、斎を女と知った上で手元に置いているのだ。

 しかし今さらそう気付いたところで、いきなり斎への態度を変えたりはできなかった。麗景殿では女御も女房達も、今さら憎むことなどできないくらい斎に親しみを抱いてしまっている。

(つまりこれは、最初から帝の策略だったのかもしれないわ)

 帝は初めから、いづれ斎を妃として迎える腹づもりで自分達に会わせていたのではないか。彼女の純粋さ、愛らしさに触れれば、醜い嫉妬など起きようはずもないだろうと。その上であえて、斎のしたいようにさせてやってるのではないか。

(なんと大胆不敵なお考えであろうか――)

 これまで一度でも帝からお渡りがあったなら、想いがつのったかもしれぬ。しかし本当にただの一度もないのだ。その代わりこうして折りにかけて気にかけ、手厚く遇してくれる。
 ならばこのまま、書や詩歌に優れた女房の集う麗景殿の女主人として気ままに生きる。それもいいかもしれない、と女御は思いつつあった。

(あとはいつ、どうやって斎を女に戻し、入内させるかでしょうね)

 さすがの女御もそれ以上、帝の意向を推し量ることはできなかった。
 ふう、ともう一度だけ人知れず嘆息すると、几帳の向こうでは相変わらず女房達が斎を取り囲んで構っている。

「この後登華殿(とうかでん)もお訪ねしなくてはいけないので、そろそろ失礼します」
「登華殿の女御さまは、枸橘の君にお辛くあたると聞きましたが?」
「うーん、実はあまりお話しをしていただけません。何か失礼をしてしまったのでしょうか……」

 それはあなたに嫉妬しているからよ、とは誰も口にはしなかった。登華殿の主はまだ若く、歳は斎に近い。麗景殿の女御ほど割り切れていないのだろう。

「登華殿の女御さまは、逞しく男らしい方がお好きだそうですよ。枸橘の君も(ひげ)でも生やしてみてはいかが?」
「な、なるほど。ひげ。……はい、検討してみます。よいお考えをありがとうございます」

 からかわれているのにも気付かず真面目に返す斎に、女御もとうとう噴き出してしまった。

(このまま穏やかに事が進めば良いのだけど――)

 だが、女御の願い通りにはいかなかった。