「『面倒になりそうなことは斎の口から報告させておけば良い』っていう頭弁(とうのべん)さまの助言は本当だったな」

 清涼殿から退出し、蔵人所への報告を終えた帰り道。出仕を終えたふたりの蔵人は、ひそひそと話し合っていた。

「女房達は(あいつ)のことを“枸橘(からたち)の君”だなんて呼んでもてはやしているけど、枸橘ってあの垣根とかに使われる(とげ)のある木だろ? ――ふにゃふにゃしてて棘って感じじゃないよなぁ」
「いやあいつの場合……主上が棘そのものだろ……」

 不敬極まりない台詞は、先輩蔵人の方から漏れた。

「実は以前、斎を『帝のお気に入りだからって調子に乗るな』って殴った奴がいたんだけど……」

 ちらちらと周囲を見渡し、声を潜める。

「そいつ、翌日から宮中で見なくなったからな」

 迫真めいた言葉に、後輩蔵人は「ひぇ」と悲鳴を上げた。

「まあ、たしかに即位前からの知り合いとはいえ、少し御愛着が過ぎるなぁとは思うけど」
「でも……なんか憎めないよな、あいつ」

 たしかに斎は特別だ。通常、五位蔵人は良家の子弟の中でも特に器量よしの者が選ばれる。斎はさる中流貴族の姓を名乗っているが、その一族は既に没落して久しい。昇殿資格のある蔵人への抜擢は異例中の異例である。

 だが、斎の出世は決して帝の贔屓(ひいき)とは言い切れない。共にはたらく蔵人達にはそれがよくわかっていた。

 斎の性格は素直で、勤務態度は真面目そのもの。加えて誰にでも親切だ。和歌や漢文の素養はいまいちだが、ああ見えて身のこなしは軽く、武芸はなかなかの実力である。
 そもそも今日だって、斎が身を張って左近の桜に登らなければ鷹を捕まえられなかっただろう。もしも帝の鷹を内裏の外へ逃がしてしまっていたら――鷹飼の処罰は始末書どころでは済まなかったはずだ。

「それにしても斎……あいつってさ……」
「ああ……」

 どちらともなくふたりは立ち止まった。言いかけた言葉を一旦呑み込んで、互いに目配せし頷き合う。
 そしてふたりは揃ってひとつの結論を口にした。


「「あいつ、ぜったい女だよな?」」