花琉帝は即位前、長らく「入道の宮」と呼ばれていた。立太子をめぐるいざこざから、元服してすぐ寺に封じられていたためだ。半ば世間から忘れられていた彼は、流行り病で先帝や春宮(とうぐう)らが相次いで亡くなったことで思いがけず即位することとなる。――御年二十四の時であった。
 その際、彼はあっさり仏縁を捨て還俗(げんぞく)している。

 結果として彼を(まつりごと)から遠ざけた者は流行り病に倒れ、世俗から離れのんびり暮らしていた入道の宮だけが病を逃れたのは皮肉である。

 五年前、京の外れの寺から(れん)に乗ってやって来た新帝を内裏(だいり)に迎えた時、宮中の人々は一様に驚いた。花琉帝となった彼の人は、着替えの衣も、身を護る太刀の一本すら持たず、文字通り身ひとつだけで現れたからだ。
 長い隠遁生活で世の無常を嫌と言うほど味わった花琉帝は、若くして今世のあらゆる未練や執着を手放してしまっていた。

 そんな彼が唯一寺から持ち帰ったもの――それが、(いつき)という少年だった。