「――さて、桐島さん。そろそろ話してくれないかしら? 貴方が昨日、わたしにキスしたホントの理由を」

 わたしは自分のデスクに戻ると、彼をデスクの前に呼んだ。それも、デスクを挟んだ向こう側、ではなくわたしが座っているOAチェアーのすぐ側に。

「……それは、昨日もお話ししたはずですが。ただ魔が差しただけというか、血迷ったというか……」

「それは聞いたわ。もちろん、それもウソじゃないと思うけど、わたしはホントの理由が知りたいの。貴方の本心が聞きたいのよ」

「それは…………」

 彼はたじろぎながらも、まだごまかそうとしていた。でも、わたしはこの時すでに、彼のわたしへの想いを知っていた。悠さんが話して下さったから。

「何を聞いても怒らないし、幻滅もしないし、もちろん貴方を解雇するつもりなんて毛頭ないから。そこは安心して話してくれない?」

「…………兄から、何かお聞きになったんですか?」

「……いいから、話してごらんなさいってば」

 痛いところを衝かれたわたしは若干うろたえつつも、彼に答えを催促した。

 そのまま数秒の沈黙があり、彼はやっとのことで口を開いた。

「――では、お話ししますが……。実は僕、初めてあなたに出会ったあのパーティーの夜から、絢乃さんのことが好きなんです。『幻滅しない』とおっしゃったので、思い切って白状しますけど、絢乃さんが高校生だとは知らずに一目惚れしてしまったんです。その後、加奈子さんからあなたが高校生だと知らされて、成人男性が女子高生を好きになるのって倫理的にどうなのか……とか、ちょっと考えもしましたけど。一度芽生えてしまった『好きだ』という気持ちだけはどうしようもなくて」

 わたしは口を挟まず、彼の告白を聞いていた。
 本当に一流のトップというのは、聞き上手でなければならない。――これもまた、今は亡き父の教えだったのだ。
 
 そして、彼の話を聞いていて思った。大人の男性が女子高生に恋をしてしまったことを、彼は「倫理的にどうなのか」と理屈で考えたらしい。
 でも、「恋は理屈じゃないんだよ」と里歩は言っていた。こういうところも真面目な彼らしいのかな、と思った。

「その後にお父さまがあんなことになられて……、正直、あなたの弱みにつけ込もうという気持ちもあったように思います。ですが、あなたは気丈に振る舞われていて、『ああ、この女性(ひと)はもう立派なレディなんだな』って、尊敬というか、ちょっと畏怖(いふ)にも近い感情を抱くようになりました。でもやっぱりあなたはひとりの女の子で、僕が支えてあげたいと思うようになりました」