「――あ、ありがとうございます」

「ううん、いいのよ。さっきは追い出すようなことしちゃってゴメンね」

 わたしは彼に謝りながら、さりげなく彼の抱えているトレーをその場で受け取ろうとしたけれど、彼が遠慮して「コレは僕の仕事ですから」と譲らなかった。

「会長は悪くないですよ。言い出しっぺは兄なんですから」

 彼はやっぱり、自分を蚊帳(かや)の外へ追いやって、わたしとお兄さまが二人だけで盛り上がっていたのが面白くなかったらしい。
 でも、彼自身は気づいていなかったみたいだけれど、悠さんのことを悪く言うわりには、それほど嫌ってもいないようだった。そういうところからも、二人の兄弟仲が本当はいいのだとわたしは測り知ることができた。

 トレーを抱えたまま応接スペースまでやってきた彼は、ローテーブルの上にわたしの分のピンク色のカップと、悠さんの分であるお客様用の白いカップを置いていった。ちなみに、彼自身の分はなぜか緑茶だった。

「おぉ、サンキュー☆ (わり)ぃなあ」

 悠さんの分を置く時には、全然そうは思っていない口調でお兄さまがそうおっしゃったので、カチンときたのかちょっと荒っぽかった。

「……兄貴、全然悪いと思ってないだろ?」

 ムスッとお兄さまにそう言ってから、彼もトレーを自分の目の前に置き、わたしの隣に座って湯飲みを持ち上げた。ちなみに、悠さんはわたしたちと向かい合わせに座っていらした。

「あれ、バレてた? いや、参ったなぁ。ハハハッ」

「…………っ」

 彼のコメカミに、薄っすらと青筋が見えた気がしたけれど。ここで兄弟ゲンカになってはみっともないと思ったのか、彼は気持ちを鎮めてお茶をすすり始めた。

「……美味しい。桐島さんの分のコーヒーも、一緒に淹れてくればよかったのに」

 わたしはいつもどおりのミルク入りコーヒーを飲みながら、何気なく言ってみた。
 彼はわたしの秘書になってからずっと、わたしの分は快く淹れてくれるのに、不思議なことに自分の飲む分のコーヒーを淹れたことは一度もなかったのだ。

「もしかして、わたしに遠慮してるの? だったら、その遠慮は無用よ。自分の分だって淹れてもらって全然構わないんだからね?」

 だって、豆は会社の経費ではなく、自腹で購入しているのだから。もちろん彼にだって飲む権利はあるのだ。
 それに、わたしだってできれば彼と一緒にお喋りでもしながら飲みたいと思っていたのである。

「……いいんですか? じゃあ、明日からそうさせて頂きます!」

 わたしの言葉に、彼の表情はパッと明るくなった。