「でも、絢乃ちゃんと出会ったことでアイツは、会社を辞めるのを思い留まったらしいんだ。辞める必要ないじゃん、部署変われば済むことじゃん、ってさ」

「へえ……。じゃあ、わたしに救われたっていうのは、そういう意味だったんですね」

 わたしはやっと、悠さんがおっしゃったことの意味を理解した。と同時に、彼があの後すぐに転属を希望した事情も分かった。
 わたしは自分でも気づかないうちに、彼の人生を変えるキッカケを作っていたのだ。

「そういうこと。……んで、今更ながら訊くけど。もしかして絢乃ちゃんも、アイツのこと好きなのか?」

「…………はい!?」

 悠さんの直球すぎる質問に、わたしは素っ頓狂な声を上げてしまった。とっさにごまかすことも考えたけれど、それが図星だということはわたしの態度だけでもうバレバレのようだった。

「どうして……そう思われたんですか?」

「だってさぁ、アイツが受けてたパワハラの話で心痛めてくれてたみたいだし、アイツに嫌われたくないみたいだから、もしかしてそうなんかなーって」

「…………」

 思いっきり急所を衝かれたわたしは、いたたまれずに俯いてモジモジした。この人の洞察力は(あなど)れないと、最後は素直に認めた。

「……はい。わたしも出会った瞬間から、貢さんに惹かれてたんです。初めての恋ですし、職場ではボスと秘書という間柄なので、告白しようかどうかも決めかねてたんですけど……。あのキスがあって、このままじゃいけないなぁって思い始めてたところでした」

 彼本人がその場にいたら、わたしはここまで自分の想いを吐き出せていたかどうか分からない。でも悠さんは一切口を挟まず、冷やかすこともせず、うんうんと相槌を打ちながら耳を傾けて下さっていた。

「……なんて、悠さんに打ち明けても仕方ないですよね。わたし、何やってるんだろ。――あの、ここでわたしからお聞きになったこと、貢さんには内緒にして頂けますか?」

 わたしは何だか顔が熱くなり、火照りを冷ますように両手でパタパタと(あお)ぎながら、悠さんにお伺いを立ててみた。

「分かってるって☆ オレね、こう見えて口は堅いんだなー。そん代わり、アイツの気持ちをオレから聞いたってことも、内緒で頼むよ」

「はいっ! もちろんです」

 ちょうどその会話が終わったところで、ドアの外からコンコン、とノックの音がした。

「――あ、貢さんが戻ってきたみたいです。あのノック、彼からの『ドア開けて下さい』っていう合図なんですよ」

 わたしはすぐに立ち上がり、トレーを持っているであろう彼のために、中からドアを開けてあげた。