わたしは沈んだ声でそう言って、首を横に振った。
 どうして彼は、答えてくれなかったのか。その時のわたしには理由が分からずにモヤモヤしていた。――悠さんがこうしてヒントを与えてくれるまでは。

「貢さん、どうして返事してくれなかったんでしょうね? 『はい』って言ったら、わたしに嫌われると思ったのかなぁ……。そんなこと絶対ないのに」

 わたしはまだ彼に信頼されていないのかと、ちょっと悲しくなった。でも悠さん曰く、実はそうではなかったらしい。

「そりゃあ、告白するみたいになるからためらったんじゃねえかな。かと言って、とっさにウソつけるほどアイツ器用じゃねえし。何より、絢乃ちゃんと気まずくなるのがイヤだったんじゃねえかとオレは思うよ。……まあ、思いっきり逆効果になっちまってるみたいだけど」

「はい……」

 彼はわたしとの信頼関係を壊したくなくて、よかれと思って答えなかった。でもそのせいで、却ってわたしと彼はギクシャクしてしまっていた。これが逆効果といわずして何というのだろうか。

「……あの、貢さんはどうしてわたしのことを……? 悠さん、何かご存じですか?」

「うん、知ってるよ。――アイツ、キミに救われたんだって言ってた」

「救われた……?」

 意外な言葉に、わたしは目を瞠った。

「絢乃ちゃんは知らねえだろうな。……キミに初めて会った半年前さ、あの頃アイツ、上司からのパワハラに悩まされてて。オレにも電話で『会社辞めたい』ってこぼすほど追い詰められてたんだ」

「はい……、あ、いえ。そういえば彼、言ってました。あのパーティーも、上司から代理で出てくれって言われたのを断れなかった、って。――でもまさか、彼がそんなに悩んでたなんて……」

 わたしは胸を痛めた。
 彼は人が好いうえに、真面目で不器用な人だ。もしかしたら、上司からのパワハラもあれが初めてのことではなかったかもしれないのだと、思い当たった。

「貢さんって、その頃日常的にパワハラを?」

「そのとおりだよ。その上司、普段からアイツのお人好しにつけ込んで自分の任された仕事を押し付けたり、ミスったら責任をアイツにおっ被せたり、無理難題言ったりってまぁヒドかったんだってさ。そりゃぁ、会社辞めたくもなるよなぁ。オレなら絶対(ぜってぇ)ムリ」

 彼が上司――多分、総務課長の島谷(しまたに)さんだろう――から受けていたらしいパワハラは、わたしの想像を遥かに超えるほどひどいものだった。
 わたしは組織のトップとしては、こんな人物が管理職を務めていることが情けなくなり、またひとりの女の子としては、好きな人の苦悩に気づいてあげられなかった自分を恨めしく思った。