「ただいま、桐島さん。お兄さまをお連れしたわよ。――どうぞ、お入りください」

「よう、貢! ちゃんと働いてっかー?」

 わたしがドアを開けて、悠さんを中へ招き入れると、悠さんは軽い調子で彼に手を挙げた。途端に、彼の眉がヒクヒクと動いた。

「兄貴……。まさかホントに来るなんて思ってなかったよ……。っていうか絢乃さ……、会長。兄とお二人でなんか楽しそうでしたね」

 彼は明らかに動揺していたようで、オフィスでは「会長」と呼ぶようお願いしていたのに、危うくわたしのことを名前で呼びかけていた。

「えっ、そうだっけ? お兄さま、お話してみたらけっこうステキな人よね」

「いやいや、絢乃ちゃんが可愛いからだって。オレも話してて楽しかったもん」

「…………」

 そのまま応接スペースのソファーに座ったわたしたち――特に悠さんを、彼は睨みつけていた。
 彼の心境はきっと、「会長に馴れ馴れしくすんな!」という感じだったのだろうか。今思えば、お兄さまに軽く嫉妬していたのかもしれない。

「あっ、桐島さん。わたしとお兄さまに、コーヒーお願いね。わたしはいつもの」 

「オレのはブラックな。頼むわ」

「……………………。分かりました」

 彼は長い沈黙の後、諦めたようにお茶汲みに向かった。当たり前のように客としてふんぞり返るお兄さまに、ひとこと抗議しようとして白旗を揚げたらしい。

「ありゃりゃ……。なんかアイツを追い出したみたいで申し訳ねえなぁ」

「そうですねぇ。別に追い出したつもりはないんですけど、お客様のおもてなしも秘書の仕事ですから、仕方ないです」

 二人きりになった途端、悠さんはバツが悪そうに頭を掻いた。わたしの返事は正論ではあったのだけれど、ちょっとクールすぎたかなと思う。

「――ところでさぁ、昨日の件なんだけど。アイツ、絢乃ちゃんにちゃんと理由話した?」

 悠さんが、ズバリ本題に切り込んできた。わたしは首を傾げながら答えた。

「いえ、ハッキリとは……。『魔が差した』とか『血迷った』とか『トチ狂った』とか、似たような意味の言い訳はしてましたけど」

「やっぱなぁ。アイツ、思いっきりはぐらかしたんだろ? ホントは惚れた弱みだったクセに、素直じゃねえからアイツは」

 なるほど、と納得しかけて、わたしは耳を疑った。

「……えっ? 悠さん、いま何ておっしゃいました?」

「うん? だから、惚れた弱みって。アイツさぁ、初めて会った時から絢乃ちゃんのこと好きなんだとさ。……あれ、聞いてない?」

「聞いてないです。っていうか彼、わたしが訊いた時答えてくれませんでしたもん。『はい』とも『いいえ』とも」