「――ねえ。貴方、総務課って言ってたよね? 今日、総務課の課長さんは?」

 父が招待していたのは、彼の上司である課長だったはずだけれど。

「はあ、課長は今日、急用ができて出席できなくなったとかで。僕が急きょピンチヒッターで出席することになりまして」

「そうなの。……うん、確かに貴方、頼まれたら断れないタイプに見えるわ」

 貢の第一印象は、はっきり言って〝お人()し〟の典型だった。きっと真面目な性格のせいで、職場でも苦労させられていたのだろう。

「でもね、桐島さん。どうしてもイヤな時にはちゃんと断らなきゃ。パワハラに苦しめられてるなら、労務に相談した方がいいと思うの」

「はい、そうですね……。でも、今日はむしろ出席してよかったと思ってます。絢乃お嬢さんや加奈子さんとお話しする機会なんて、こういう場でもなければめったにありませんし」

「…………そう」 

 今思えば、貢のその言葉は口説(くど)き文句だったのかもしれない。当時のわたしは恋愛未経験だったので、気づかなかったけれど。

「――そういえば、お父さまは大丈夫ですか? さっきお倒れになったでしょう?」

 彼は先刻までの明るい表情から一変して、深刻そうな顔でわたしにそう訊ねた。

「ええ、そうなの。母に付き添われて、早めに帰ったんだけど……。パパは最近、具合が悪そうだったからわたしもママも心配してて。でもまさか倒れるくらい悪かったなんて……」

 彼がただの興味本位ではなく、心から父の容態を案じてくれていると分かったので、わたしも素直に胸の内を彼に吐き出した。

「『家に着いたら連絡する』ってママ言ってたのに、あれから全然連絡もなくて……。パパの具合、そんなに悪いのかな……」

 わたしの(けわ)しい表情を見たからだろうか、貢がおそるおそる口を開いた。

「それは心配ですね……。あの、僕のような平社員がこんなこと申し上げるのも差し出がましいとは思うんですけど……」

「なぁに? 言ってみて」

「お父さまには、ちゃんと病院にかかって頂いた方がいいと思います。できれば、精密検査も」

「え……?」

「もしかしたら、命にかかわる病気かもしれないでしょう? だったら、発見も一日でも早い方がいいと思うので」

 〝命にかかわる病気〟――。その一言は、その時のわたしに特大のショックを与えた。
 そしてそれは、この後すぐ現実になってしまった。