「こんちは。桐島悠っす☆ おー、キミが絢乃ちゃんかぁ。アイツから話は聞いてたけど、思ってた以上に可愛いじゃん♪」

「どうも……。可愛いだなんて、そんな」

 悠さんは彼とは違ってちょっと軽薄というか、ある意味女性受けはしそうな感じの男性だと思った。だって、初対面のわたしにさえ、軽々しく「可愛い」なんて言っちゃうような人なんだもの。

「そういや、今日は学校の制服じゃないんだね。えっと、いま高二だっけ?」

「はい。今日から春休みに入ったので……。来月から高三です」

「そっか。うん、スーツ姿も大人っぽくていいよ。メイクもしてるから、そのせいかな」

「ありがとうございます。実は、貢さんからはまだ感想聞かせて頂いてないので、嬉しいです」

「……だろうな」

 わたしが思わずグチると、悠さんは事情を知っているようで、肩をすくめた。 

「実はオレね、そのこともあって今日来たのよ。昨日アイツがやらかしたことも聞いてる」

「……えっ? とおっしゃいますと……」

「昨日の夜、アイツから電話かかってきてさ。『兄貴、どうしよう!? 俺、会社クビになるかもしれない!』って。んで、理由訊いたらキミのファーストキス奪ったって白状してさぁ」

「…………はぁ。貢さん、そんなことまでお兄さまに話してたんですか……」

 わたしは穴があったら入りたくなった。というか、悠さんも会社でそんなことをあっけらかんと言わないでほしい。……今となってはもう時効だけれど。

「絢乃ちゃんは、アイツのことクビにする気ないんだろ? オレも『気にすんな』って言ったんだけどさぁ、アイツ頑固だから聞きゃしねえし。だからさ、まだ気まずさ引きずってんじゃねえかって思ったワケよ」

「……多分、それ当たってると思います。彼、今日は普段じゃあり得ない凡ミス連発してますから。……わたしもですけど」

 最後にわたしがボソッと呟くと、悠さんはまた「可愛い」と言って笑った。

「あの、そろそろ上に参りましょうか。会長室は最上階なんです。きっと今ごろ、貢さんがクシャミしてますよ」

「ああ、オレたちが噂してるから?」

「そうです」

 わたしと悠さんはエレベーターの中で、他愛もない会話をしていた。
 彼――ここでは悠さん――の話によれば、兄弟の仲はやっぱり悪くはないらしい。むしろ、仲がよすぎてケンカになるのだと、悠さんはおっしゃっていた。
 もしも不仲だったら、切羽詰まった時に自分の兄や姉に泣きついたりしないだろう(彼が実際に「泣きついた」かどうかは分からないけれど)。