「ちょ、ちょっと失礼します。……げ」 

 わたしに断りを入れてからディスプレイを確かめた彼は、珍しくウンザリ顔になっていた。……誰からだろう? と、わたしは首を傾げた。

「もしもし? ……うん、まだ仕事中。会長室にいるけど。……はぁっ!? 今すぐ近くまで来てる!? マジかよ! っていうか、(おれ)の仕事中に電話してくるなって言ったろ!? だいたい、そんなこと俺の意思だけじゃ決められないって!」

 電話に出た彼は、いつもの丁寧な口調ではなくぞんざいなもの言いだった。一人称も「俺」になっていたけれど、それだけ親しい間柄の人からの電話なのだとわたしも直感で気づいた。
 ……まさか、相手は女性!? と思ったけれど、彼は女性に対してでもそんなぞんざいな口調にはならないはずで。

「……ねえ桐島さん。お電話、どなたから?」

 おずおずとわたしが訊ねると、スマホを耳から離して「兄からです」と即答してくれた。

「お兄さまって……、確か飲食関係で働いてらっしゃるっていう、四歳年上の……」

 わたしはとっさに、その半年ほど前、彼から聞いた彼のお兄さまについての話を思い出した。

「そうです。今日はもうバイトが入ってないからって、今丸ノ内まで来てるって言うんですよ。それで、会長に一言挨拶したいから会社まで行ってもいいか、って。……どうしましょうか?」

 彼はお兄さまへの返事に困っているようだった。こればかりはわたしの許可が必要で、自分一人では決められないと、わたしの許可を(あお)いでいるらしかった。
 通話は保留にしているようだったけれど、あまり相手をお待たせするのは申し訳ないとわたしも思った。

「桐島さん、代わって?」

 わたしは自分の言葉で伝えた方がいいと判断して、スマホを貸してくれるよう、彼に手のひらを見せた。

「……えっ? ……ああ、はい」

 彼のスマホを受け取ると、わたしは素早く保留モードを解除して通話を再開した。

「もしもし、お電話代わりました。会長の篠沢絢乃です。桐島さんのお兄さまですよね? 弟さんにはいつもお世話になっております」

『えっ、絢乃ちゃん!? 本人!? マジかー。あ、オレ、貢の兄で桐島(ひさし)っていいます。ウチの()(てい)がお世話になってるね。っていうか、オレのことはアイツから聞いてるんだよね?』

 初めて話す彼のお兄さま・悠さんは、思っていた以上に気さくな人だった。
 弟の雇い主であるわたしを「ちゃん」付けで呼び、まるで妹にでも話しかけるような口調に、わたしはちょっとビックリした。
 実の弟である彼は、お兄さまのこういう馴れ馴れしい態度にイラっときていたのかもしれない。