――その翌日は、わたしも彼も絶不調だった。
お互いにミスを連発し、社内のみんなに多大な迷惑をかけていた。……特にわたしが。
彼にキスをされたのがもちろん原因ではあるのだけれど、彼がわたしの質問に答えてくれなかったことで、顔を合わせれば気まずい空気が流れていたのだ。
せっかく春休みに入ったので、学校の制服ではなく大人っぽいオーダーメイドのスーツとパンプスで出社していたのに、そのせいで彼に褒めてもらいにくくなっていた。
「――桐島さん。この資料、誤字だらけよ。悪いけど作り直してくれる?」
「あっ、ハイっ! すみません! すぐやらせて頂きますっ!」
彼がプリントアウトした資料は、誤字脱字のオンパレード。普段はテキパキと仕事をする彼にしては珍しいミスだった。彼はそのまま資料のファイルを再び開き、ひたすらバックスペースキーを連打していた。
きっと彼も気まずかったのだろう。首の皮一枚繋がったとはいえ(だからわたしは、「クビになんてしない」と言ったのに!)、ボスの機嫌を損ねたと彼は思い込んでいたようだから。
……そういうわたしも、彼のことばかりは言えず。
「――あっ、会長! そのメールは転送されたメールだから、ちゃんと村上社長宛てに送り返して下さいって言ったじゃないですか! そのまま山崎専務に返信しちゃいけないって!」
作り直した資料を持ってきた彼が、わたしがその時送信したばかりのメール画面を見て雄叫びをあげていた。
「あー、そうだった……。ゴメン。……やだもう! 何やってんだろ、わたし!」
気を取り直して同じメールを村上社長宛てに送信し直し、誤って送信してしまった山崎専務には、内線電話で陳謝した。
「――あ、山崎さん? 篠沢です。ゴメンなさい! 村上さんに返さなきゃいけないメール、ボーッとしててそのまま貴方のところに返信しちゃって。申し訳ないんだけど、そのメールはそっちで削除してもらえます? ……ええ、お願いします」
受話器を戻したわたしは、はぁ~~~~っと深い息を吐いた。会長に就任して三ヶ月が経とうとしていたけれど、こんな初歩的なミスはこれが初めてだった。
「……すみません、会長。全部僕のせいですよね? 昨日、あんな大それたマネをしてしまったから……」
「違うわよ。貴方ひとりの責任じゃない。あんまり自分を責めないで。……わたしも仕事に身が入ってないのよ。そろそろ一息入れようかな」
「あっ、じゃあコーヒー淹れてきましょうかね」
うん、とわたしが頷いたところで、彼のスーツの内ポケットからスマホの振動音がした。
お互いにミスを連発し、社内のみんなに多大な迷惑をかけていた。……特にわたしが。
彼にキスをされたのがもちろん原因ではあるのだけれど、彼がわたしの質問に答えてくれなかったことで、顔を合わせれば気まずい空気が流れていたのだ。
せっかく春休みに入ったので、学校の制服ではなく大人っぽいオーダーメイドのスーツとパンプスで出社していたのに、そのせいで彼に褒めてもらいにくくなっていた。
「――桐島さん。この資料、誤字だらけよ。悪いけど作り直してくれる?」
「あっ、ハイっ! すみません! すぐやらせて頂きますっ!」
彼がプリントアウトした資料は、誤字脱字のオンパレード。普段はテキパキと仕事をする彼にしては珍しいミスだった。彼はそのまま資料のファイルを再び開き、ひたすらバックスペースキーを連打していた。
きっと彼も気まずかったのだろう。首の皮一枚繋がったとはいえ(だからわたしは、「クビになんてしない」と言ったのに!)、ボスの機嫌を損ねたと彼は思い込んでいたようだから。
……そういうわたしも、彼のことばかりは言えず。
「――あっ、会長! そのメールは転送されたメールだから、ちゃんと村上社長宛てに送り返して下さいって言ったじゃないですか! そのまま山崎専務に返信しちゃいけないって!」
作り直した資料を持ってきた彼が、わたしがその時送信したばかりのメール画面を見て雄叫びをあげていた。
「あー、そうだった……。ゴメン。……やだもう! 何やってんだろ、わたし!」
気を取り直して同じメールを村上社長宛てに送信し直し、誤って送信してしまった山崎専務には、内線電話で陳謝した。
「――あ、山崎さん? 篠沢です。ゴメンなさい! 村上さんに返さなきゃいけないメール、ボーッとしててそのまま貴方のところに返信しちゃって。申し訳ないんだけど、そのメールはそっちで削除してもらえます? ……ええ、お願いします」
受話器を戻したわたしは、はぁ~~~~っと深い息を吐いた。会長に就任して三ヶ月が経とうとしていたけれど、こんな初歩的なミスはこれが初めてだった。
「……すみません、会長。全部僕のせいですよね? 昨日、あんな大それたマネをしてしまったから……」
「違うわよ。貴方ひとりの責任じゃない。あんまり自分を責めないで。……わたしも仕事に身が入ってないのよ。そろそろ一息入れようかな」
「あっ、じゃあコーヒー淹れてきましょうかね」
うん、とわたしが頷いたところで、彼のスーツの内ポケットからスマホの振動音がした。