真面目な彼のことだから、それで動揺してしまったのは分からなくもない。でも……、そこまでわたしに怯える必要なんてなかったのに。一体、わたしのことを何だと思っていたんだろう?
 わたしはただ、彼のことが好きなひとりの女の子でしかないのに。

「――あの、絢乃さん。着きましたけど……」

「うん。――ちょっと待って、桐島さん。さっきの弁解、ちゃんと聞かせて?」

 家のゲートの前に着いてもわたしは車を降りず、助手席で腕組みをして彼に向き直った。
 彼はそんなわたしが怖かったのか、オドオドしながらしどろもどろに弁解を始めた。

「……はい。あのですね、先ほどの僕は……その、魔が差したというか血迷ったというか、トチ狂ってしまったというか――」

「ご託はよろしい。っていうか全部同じ意味じゃない」

 そのせいで、彼の言い訳は全部似通った意味の言葉になっていたので、わたしはすかさずツッコミを入れた。

「あ……、すみません。とにかく、本当に衝動的な行動で、僕自身が一番驚いてるんです。ですからその……、お願いですからどうかクビにするのだけは……」

「クビになんてするわけないじゃない。貴方には辞めてもらっちゃ困るの。だから、そんなに怯えないで! わたしはホントに怒ってないから」

「……本当に、怒ってらっしゃらないんですか?」

「クドい! さっきからそう言ってるでしょ?」

「……ですよね」

 彼はそこでやっと安心できたらしい。少々引きつってはいたけれど、笑顔が戻っていた。

 そして、わたしは考えた。彼が衝動的にわたしにキスしたということは、それこそが彼の本能的な行動で、理性で抑えきれなかったのではないか、と。
 そこにひとつの仮説が成り立った。……つまり。

「――桐島さんって、わたしのこと好きなの?」

 思いきって疑問をぶつけてみたけれど、彼からの返事はなかった。

「……………………。お疲れさまでした。今日のことは、本当に反省してます。――明日から春休みだとおっしゃってましたね?」

 長~い沈黙で間を取った後は、一応普段通りの彼に戻っていた。わたしは何だかはぐらかされたような気がして、肩透かしを食らわされたような気持ちになった。

「……うん。学校は午前中で終わるから、昼食は家で摂ることにしてるの。だから、一時前に迎えに来て」

「了解しました。では、また明日。失礼します」

 彼はそれだけ言ってしまうと車からわたしを降ろし、さっさと帰ってしまった。

「結局、どっちなのよ……。どうして答えてくれなかったの……?」

 わたしには彼の本心が分からず、首を捻るだけだった。