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――そんなこんなで数日が過ぎ、バレンタインデーがやってきた。
「絢乃さん、今日もお仕事お疲れさまでした。では、僕はこれで――」
「あっ、ちょっと待って! 今日、バレンタインデーでしょ? 約束してたから、ちゃんと準備してあったの。――史子さーん!」
普段通りに帰ろうとしていた彼を、わたしは慌てて引き留めた。
チョコは手作りだったうえに、学校もあったので持ち歩くわけにもいかず、家に置いてあったのをゲートのところまでもってきてもらうよう、退社前に史子さんに連絡してあったのだ。
「……へっ!?」
「ああ、お嬢さまぁ! 間に合ってようございました! お持ちしましたよー!」
「ありがとう、史子さん! わざわざゴメンね」
「いえいえ、とんでもない。では、わたくしはこれで失礼を」
ニコニコ笑いながら家の方へ歩いていく彼女を見送ってから、わたしは改めてチョコの入った小さなギフトボックスを彼に手渡した。
「……というわけで、コレ、貴方に。お口に合うかどうか分からないけど」
差し出された包みがいかにも市販品のギフトボックスだったので、彼は少しおっかなびっくりに受け取った。
「へっ!? ……あっ、ありがとうございます! うわー、本当に手作りなんですね」
「もちろんよ。ネットでチョコのレシピをいくつか検索してみて、時間がなくても簡単に美味しく作れるのを選んだの。心を込めて作ったから、きっと美味しくできてるはずよ」
初めて男性に贈る手作りチョコ。……手作りチョコはそれまでにも、里歩に友チョコとして贈っていたけれど、好きな人に贈るものとそれとでは、気合の込めようが違った。
彼に喜んでほしいから、真心と愛情を込めて一生懸命作ったのだ。それはある意味、わたしの気持ちを彼に伝えるのと同じ行為だった。
「絢乃さん……。本当に、ありがとうございます。大事に頂きますね」
彼は満面の笑みでそう言うと、箱を押し頂くようにしてから自分のバッグに大事そうにしまっていた。
「ホワイトデーのお返しのことなんて考えなくていいから。その代わり、誕生日のプレゼント、ちょっと期待していい?」
イタズラっぽくニッコリ笑って訊ねると、彼の顔は火を噴いたようにボッと赤くなった。
「…………はい、善処させて頂きます。では、お疲れさまでした。僕はこれで。――また明日」
わたしはその日、そのまま彼に背を向けず、彼が車に乗り込んで去っていくのをずっと目で追っていた。
彼もそれに気づいていたのか、時々チラッと目が合ったような気がするけれど、照れ臭さからかすぐに目を逸らしているのが分かった。