「あれあれ? アンタたち、まだ付き合ってないのー?」

「……里歩、面白がってるでしょ」

 里歩に冷やかされ、わたしは恨めしげに抗議した。でも、彼女に悪気がないことは、わたしが一番よく知っていた。

「ゴメンゴメン! でもさ、こんだけほぼ毎日顔合してんのに、まだ告ってないの、なんか意外ー。いくら初恋っていってもさぁ」

「わたしはわたしで、色々と考えてるの。いっても大きな財閥の総帥(そうすい)っていう立場だし、秘書に恋してるのって公私混同っていうか、ちょっとスキャンダラスなんじゃないか、って」

「それは考えすぎでしょ。もっと気楽に考えなよ。アンタは真面目だから、肩に力入りすぎてんだって。どっかで空気抜きしないと潰れちゃうよ?」

 わたしが四角四面に考えすぎだったのだろうか? 里歩はわたしの懸念(けねん)をバッサリと斬り捨てた。
 彼女は姉御肌というか、男らしい性格をしているので若干口は悪いけれど、何だかんだ言ってもいつもわたしのことを心配してくれているのだ。

「……うん、そうかもね。ありがと。じゃあ、わたしはそろそろ行くね」

「あー、待って待って! あたしも桐島さんに一言挨拶してくよ」

 里歩もくっついてきて、わたしが昇降口を抜けて校門のところまで行くと、すでに彼の車が停まっていて、彼は寒い中車外で待っていてくれた。
 ちなみに茗桜女子は、体育の授業の時以外は靴を履き替えない欧米(おうべい)スタイルである。

「――桐島さん、お待たせ! 寒い中待たせちゃってゴメンなさいね」

「いえいえ。僕もつい五分ほど前に着いたところですから。――あ、中川さん! ご無沙汰しております。源一会長の葬儀の日以来ですね。絢乃会長がお世話になっております」

「いえ、こちらこそ! 絢乃がお世話になってまーす。これからも、このコのことよろしくお願いしますっ!」

「……里歩、親戚のオバサンみたい」

 わたしがボソッとツッコんだのが、彼にも聞こえていたらしい。彼は必死に笑いをこらえて肩を震わせていた。

「……はい。じゃ、絢乃さん。加奈子さんがお待ちですから、参りましょうか」

「うん。じゃあ里歩、行ってきます! 部活頑張ってね」

「はいは~い! また来週ね。っていうか、連絡くらいはするわー。バイバーイ!」

 里歩と別れると、いつものように彼が助手席のドアを開けてくれて、わたしはそこに乗り込んだ。
 そして彼が運転席に収まり、車は走り出した。会長の業務を代行してくれている母と交代するために、丸ノ内のオフィスに向けて――。

 これが、会長に就任して数ヶ月間の、初めての恋に仕事に学校生活にと大忙しだった、わたしの平日の日常である。