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――それから一時間ほどが過ぎた。
わたしは母に頼まれたとおりにパーティー会場に残り、それまでの間に招待客であるグループ会社の役員や管理職の人たちに、父が体調を崩して早めに帰宅したことを伝えた。
「それでも、大したことはないと思うので心配なさらないで下さい」
わたしは本心からそうは思っていなかったものの、彼らを安心させるためにそう言った。
それに納得してくれる人、「本当なのか」とわたしに詰め寄る人、「お大事に」と言葉をかけてくれる人……。反応は様々だった。
その対応にも少し疲れてきて、わたしはテーブルについて料理に手をつけ始めた。とはいってもあまり食欲はなく、父の容態が心配なこともあって美味しいはずの料理の味もほとんど分からなかった。
「――ママからまだ連絡ないなぁ……。パパ、大丈夫かな」
そのあと、テーブルについたままオレンジジュースを飲みながらスマホを気にしていると……。
「失礼ですけど、絢乃お嬢さん……ですよね?」
すぐ側で、若い男性の声がした。私はすぐに反応して、声のした方に顔を上げた。
とはいっても、この会場には若い男性は一人しかいなかったはずなので、わたしは声の主が誰なのかすぐに気がついたのだ。
「えっ? ……ええ、そうだけど。――貴方はさっきの……」
「はい。僕は〈篠沢商事〉本社総務課の、桐島貢っていいます」
彼は丁寧に名乗ったあと、向かいの席に座ってもいいかどうか訊ねた。わたしが「どうぞ」と促したので、失礼します、と席についた。
「桐島さんっていうのね。……えーっと、わたしの名前はどうして知ってるの?」
わたしと彼――貢はその少し前に目礼を交わしただけで、お互いの自己紹介もしていなかったのに。
「ああ、先ほどお母さまから伺いました。お嬢さんは高校二年生だそうですね」
「ええ。茗桜女子学院の高等部二年生よ」
「そうですか、茗桜女子ですか……。あそこって名門の女子校ですよね」
「そうらしいわね。わたしはあんまり気にしてないけど」
わたしが通っていた学校は、世間では〝名門お嬢さま学校〟として有名らしい。でも、わたし自身はそこに在籍していたことを鼻にかけたりしなかった。
たとえ名門校に通っていても、自分は普通の女子高生なのだと思いたかったから。