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――コンコン。いつものように、ドアがノックされた。
これはわたしたち二人の間で、彼がトレーを持っているのでドアを開けてほしいという合図、ということになっていた。
「はいはい! 今開けるわね」
わたしもこの頃にはもう慣れたもので、自然にスッと席を立って中からドアを開けてあげるようになっていた。
「畏れ入ります」と彼はいつものように頭を下げると、わたしのデスクの上にホカホカと湯気の立っているカップと、チョコレートケーキと小さなフォークが載っているお皿を置いた。
「ありがとう、桐島さん。わぁ、美味しそう! さっそく頂くわね」
いただきます、と手を合わせ、わたしはしっとりした生地のチョコレートケーキをフォークで口に運んだ。
「……ん、美味し~い!」
冷蔵庫で冷やされていたらしいケーキはヒンヤリ冷たくて、チョコレートの味も濃厚で、わたし好みの甘めのミルク入りコーヒーにもよく合った。
「会長に喜んで頂けてよかったです。お出しした甲斐がありましたね」
彼もわたしの反応を見て、ホッとしたような、ちょっと誇らしげなような表情でそう言った。
わたしはこのチョコレートケーキを食べながら、実は密かにバレンタインデーの作戦を練っていた。
――バレンタインの贈り物、チョコレートケーキにしようかなぁ。でも、初めてのバレンタインでそれはさすがに重いかな……。なんて思いながら。
……それはさておき。
「――会長、その本は……。もしかして、経営のお勉強を?」
まだ自分の席に戻っていなかった彼は、わたしのデスクの上に広げたままだった本に目を留めた。
「うん。わたしなりに学んでおかなきゃ、と思って読んでたんだけど……。なかなか難しいものね。ビジネス書って、書く人によって主張したいポイントが違うんだもの」
わたしはコーヒーをまた一口飲んでから、肩をすくめた。
「でも、今読んでるこの本には、色々と参考になりそうなことが書いてあったわ」
「そうですか……。それにしても、学校でのお勉強に会長としてのお仕事に、その合間を縫って経営のお勉強に……。絢乃会長も大変ですよね。あまりご無理はなさらないで下さいね」
彼の言葉からは、わたしのことを心から心配してくれていることがジーンと伝わってきた。彼に恋をしていたわたしは、もちろんそんな一言にすら胸がキュンとなった。
「心配してくれてありがとう。でも、わたしは大丈夫! だってホラ、まだ若いし。――でも、貴方からの忠告は真摯に受け止めます」