「……ちっ、違うわよ!? 別におねだりしてるワケじゃ……。まぁ、くれるのなら嬉しいけど」

 あくまで催促する気はなく、それでも厚意でプレゼントをもらえるなら遠慮なく受け取る、という意味で、わたしがどうにか弁解したところ。

「分かりました。善処します。ですがその前に、もうすぐバレンタインデーですよね」

「……うん、そうね」

 彼はニコッと笑って頷いた後、わたしに逆襲とばかりに釘を刺してきた。
 まさか、彼からチョコをねだられるとは思っていなかったわたしはたじろいだけれど、すぐにいつもの澄まし顔で答えた。

「まあ、頑張ってみるわ。美味しい手作りチョコ、期待しててね」

 甘いもの好きなうえに、クリスマスイブにわたしの手作りケーキを食べたことを覚えていてくれた彼は、〝手作り〟という言葉に舞い上がり、顔を紅潮させていた。

「いいんですか!? 手作りチョコなんて、僕が頂いても。会長はただでさえお忙しいのに、そんなことに時間を割いて頂くなんて! 光栄です!」

「うん、もちろんよ。日頃の感謝の気持ちも込めて作るから」

「ありがとうございます!」

 実はわたし、バレンタインデーに男性にチョコレートを贈った経験が一度もなかったので、一般的な男性側のリアクションがどんなものなのかも分からなかった。
 男性はみんな、女性からチョコを贈られる時こんなに喜ぶものなんだと、わたしは勝手に解釈していたのだけれど。それは違うのだと後から知った。

 ――何だか話題が思いっきり逸れてしまったので、わたしは大きくひとつ咳払いをして、仕事の話に戻った。

「――で、他の改革案についてなんだけど。桐島さん、貴方の意見を聞かせてもらえる?」

 わたしが書きだした改革案は他にもいくつかあり、館内が全面禁煙になったことで持て余していた一階の元喫煙ブースを簡易のカフェスタンドに改装することや、サービス残業の禁止、さらなる福利厚生の充実など多岐(たき)に渡っていた。

「う~ん、どれも経費がかかりそうですが……。実現すれば、社員が喜びそうなことばかりですね。経理部の加藤(かとう)部長にも入って頂いて、あとは会議で決めましょうか。社長や専務には、僕から連絡しておきます。ではさっそく、この原案をもとにして、僕が会議の資料をまとめておきますね」

「ありがとう! じゃあ、次の会議の議題はこれでいきましょう。会議は……そうね、来週の月曜日くらいでいいかしら」

 この日は木曜日。彼が資料を作成するのには三日間の猶予(ゆうよ)があった。

 その日の分の決裁はすでに終わっていて、大きな仕事といえるものはこれですべて片付いていた。

「――桐島さん、コーヒーをお願い。いつものね」

「はい、了解です。――あ、そうだ。今日は取引先から頂いた美味しいケーキがあるんで、一緒にお出ししますね」