もしかしたら、母の方が会長としてはふさわしいのかもしれない。わたしは一瞬そう思ったけれど、母がそんなことを望んでいないことも、わたしは知っていた。

『娘も先ほど申し上げたとおり、私はこの度会長代行を務めることに致しました。それは娘の相談役も兼ねておりまして、このような重責を負うことになった娘の支えになりたいという母親としての想いからでございます。ですが、私には何の権限もございません。経営の全責任は、娘に一任されていますので。私が彼女を傀儡(かいらい)として院政を行うこともございません。その点、株主のみなさまにはご理解頂きたいと思っております。また、社員・役員のみなさまにおかれましては、娘を信じ、時には手助けし、今後も〈篠沢グループ〉の一員として彼女を支えてやってほしいと心より願っております』

 ……なるほど。株主の中には、この場に母が出てきたことで、そんな誤解をする人も出てくるかもしれない。それを見越して、母はこのスピーチをしたのだ。わたしを守るために、母親として。

『――では、娘にマイクを返します。……絢乃、いらっしゃい』

『はい。――先ほど母のスピーチにもございましたとおり、わたしはひとりではございません。ひとりでは闘えません。母や社員・役員のみなさま、そして株主のみなさまのお力添えが必要なんです! みなさま、どうかわたしにお力を貸して下さい! これから、よろしくお願い致します! 本日はありがとうございました!』

 わたしがスピーチを終え、深く頭を下げると、どこからかパチパチと拍手の音が聞こえてきた。その拍手は複数人数で叩いているのではなく、たった一人の拍手の音だったけれど、とても力強かった。

 わたしは頭を上げ、そっと音の()(どころ)を探してみた。すると、その音はステージ袖から聞こえ、拍手をしていたのは彼だと気づいた。
 そしてその拍手の波はたちまち会場中に広がり、割れんばかりの大拍手へと変わっていった。

(ありがとう)

 わたしはステージ袖にはける時に、声には出さずに口の動きだけで彼にお礼を言った。すると、彼も笑顔で頷き、「お疲れさまでした」とわたしを労ってくれた。

 わたしはこの日のことを、絶対に忘れることはないだろう。きっと、父の病を知った日や、父がこの世を去った日と同じように――。

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 ――株主総会が終了すると、母は「村上社長や山崎専務と打ち合わせがあるから」とエレベーターホールで別れ、わたしは彼――貢と二人で最上階の会長室へ上がった。