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――ガタン!
父が座っていたバーカウンターの椅子が、突然音を立てて倒れた。すぐ側には、父が真っ青な顔で蹲っていた。
「パパ!? どうしたの!?」
「あなた、大丈夫!?」
わたしと母が驚いて呼びかけると、父はあまり大丈夫そうではない声で「大丈夫だ」と答えた。
「少し目眩がしただけだ。本当にすまない」
そのまま父はヨロヨロと立ち上がろうとしたけれど、足元に力が入らないのか一人ではなかなか立ち上がれなかった。
「……あれ? おかしいな」
「あなた、立てる? 私の方につかまって、ほら」
「ああ……。加奈子、本当にすまないな」
母に支えられながら、父はやっと立ち上がることができた。でも、父は明らかに具合が悪そうで、もうパーティーどころではないなとわたしも母も思った。
「パパ……、今日はもう帰って休んだ方がいいよ。そんな具合じゃ、もうパーティーどころじゃないでしょ」
「そうね。私もそう思うわ。あなた、帰りましょう? すぐに迎えを呼ぶから」
「ああ、そうだな。申し訳ないがそうさせてもらおうか」
母は我が家のお抱え運転手に迎えに来るよう連絡してから、わたしに言った。
「絢乃、申し訳ないんだけどあなたはここに残って。主役のパパがいなくなったら、ここにいる人たちは混乱すると思うの。あとでちゃんと連絡するから、九時になったら、あなたはパパの代わりにパーティー終了の挨拶をしてくれる?」
「うん、分かった。二人とも、気をつけてね」
――それから十数分後に、運転手の寺田さんが会場に現れた。
「旦那さま、奥さま! 急いでお迎えに上がりました! 一体どうなさったんですか?」
「寺田、悪いわね。この人、具合が悪くなって倒れたの。私はこの人と一緒に帰るわ。一緒に車に乗せるの手伝ってくれないかしら」
「ああ、はい。かしこまりました」
父は痩せていたけれど、それでも女性である母一人で駐車場まで抱えて連れて行くのは不可能だったと思う。
「お嬢さまは……、ご一緒にお帰りにならないので?」
「わたしはここに残ることになってるの。寺田さん、パパとママのことお願いね」
「かしこまりました」
体調の悪い父と、それに付き添う母を乗せた黒塗りのリムジンは、夜の丸ノ内の闇に消えていった――。