わたしと母が着ていたコートは、彼が責任もって預かってくれていた。
 ステージの演台に辿り着くまでにどうにか呼吸を整え、まずはわたしがマイクに向かって話し始めた。
 客席からはわたしの服装に驚いた人々からのどよめきが上がっていたけれど、そんなことは想定内だったわたしは一向に構わなかった。

『――みなさま、本日は年始でご多忙の中、またお寒い中お集まり下さいまして、心より感謝申し上げます。先ほどご紹介にあずかりました、わたしが〈篠沢グループ〉の新会長・篠沢絢乃でございます。みなさまはわたしのこの服装に、大層戸惑っていらっしゃるようですが。わたしはご覧のとおり、まだ高校生でございます。ですが、決していい加減な気持ちで会長就任を引き受けたわけではございません! 学業も会長としての責務も立派に両立していく覚悟でおります。この制服はわたしの覚悟の表れであり、いわばわたしの戦闘服なんです』

 ここまで一気に言ってしまってから、客席の反応を窺ってみた。すると、どよめきはたちまち静まり、みんなが真剣な眼差しでステージ上のわたしを注視していることが分かった。

 このスピーチには、事前に原稿は用意していなかった。けれど、この場で言いたいことは自分の中でキチンと整理ができていたので何も困ることはなかった。

『わたしは父の生前、父がいかにして社員や取引先、そして株主のみなさまの信用を勝ち得てきたのかずっと見てきました。父は元々経営者の血筋ではございませんでしたが、イチから地道に実直に、コツコツと信用を積み重ねてきた結果、この大財閥の会長という地位を守ってこられたのだと思っています。わたしも父のように、そうしてひとつひとつの信頼を積み重ねて、会長の務めを果たして参りたいと思います』

 もしかしたら長期戦になるかもしれない。何十年もかかってしまうかもしれない。――それでも、わたしはひとりではなかったから、何も怖くなかった。

 わたしはここで一度、母に目配せをした。母が挨拶をするなら今だと。母から頷きが返ってきたので、わたしは一旦母にマイクを譲ることにした。

『――ここで、わたしの母・篠沢加奈子より、みなさまにご挨拶がございます。母はわたしが高校にいる間、会長の職務を代行してくれることになっております』

『ただいまご紹介にあずかりました、私が篠沢絢乃の母、篠沢加奈子でございます。生前は夫の源一がお世話になりました。妻として、また篠沢家の当主として、この場をお借りしまして厚く感謝申し上げます』

 パキッとしたパンツスーツ姿で挨拶をした母は、わたし以上に堂々とした風格を(たた)えていた。