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わたしと母が朝食を済ませた頃、インターフォンが鳴った。
『おはようございます、絢乃会長! 桐島です。お迎えに上がりました!』
「はーい! 今出るわ。ゲートの前で待ってて」
わたしがモニター越しに応答すると、彼は「了解です」と答えた。すぐにゲートを開けるボタンを押し、わたしたち母娘は各々バッグを持って彼の待つゲートへと向かった。
「お嬢さま、奥さま! お気をつけて行ってらっしゃいませ!」
「行ってきま~す!」
いつものように元気よく送り出してくれた史子さんに、わたしも元気よく挨拶を返して彼女が出してくれたローファーを履いた。母も黒のパンプスを履き、彼女に「行ってくるわね」と声をかけていた。
「――おはよう、桐島さん」
「おはようございます……ってあれ? 今日は絢乃さん、制服なんですね」
「うん。今日からこの制服は、わたしの戦闘服になるの。――そういえば桐島さんって、わたしの制服姿見たことなかったっけ」
その時、今更ながらに気がついた。それまでわたしは、制服姿で彼に会ったことが一度もなかったのだということに。
「はい、初めて拝見しました。絢乃さんは何をお召しになってもお似合いですね。制服姿も可愛いです」
「……そう、かしら。ありがと」
彼は照れ屋で、女の子にそういう褒め言葉を言うのが苦手だったはずなのに、その日の彼は何だか違っていた。わたしは調子が狂いつつも、胸がキュンと高鳴るのを確かに感じた。火照りを隠すように、両手の平で自分の頬を覆った。
「おはよう、桐島くん。今日はよろしくね。――ハイ、ラブコメモードはそこまで! さっさと車のドアを開ける!」
「はっ……、ハイっ! 失礼しました! ……どうぞ」
「ママ……、他に言い方ないの?」
母の号令に彼は神妙に縮こまり、わたしはそんな母に唖然とした。
〝ラブコメモード〟なんて、彼にわたしの想いを知られたらどうするのか。……そんな抗議めいた気持ちを込めながら、わたしは母を恨めしく睨んだ。
「…………。さ、行きましょう」
わたしたちを後部座席に乗せ、運転席に収まった彼は、気まずそうに車をスタートさせた。
――さて、なぜこの日、母も一緒だったかというと。株主総会でわたしが新会長としてスピーチする時に、母も一言挨拶をすることになっていたからである。
母はわたしが学校へ行っている間、わたしの仕事を代行してくれることになっていた。いわばわたしの影武者というか、分身のようなものだったのだ。