「――加奈子さん。そこはまず、絢乃ちゃんの意思を確かめるべきじゃないのかね」

 親族の中では比較的中立の立場を保っている一人が、もっともな意見を出した。
 彼は亡き祖父の(おい)にあたる人で、横浜(よこはま)支社の常務取締役を務めている人だった。

「もちろんそうね。――絢乃、あなたの意思確認をここでさせてほしいんだけど、どう?」

「わたしは謹んで、会長の職を引き受けたいと思ってます。父の遺言だからというのももちろんありますが、これはわたし自身が幼い頃から決めていたことだから。……まさかこんなに早く、こんな形でそうなるとは思ってもみませんでしたけど」

 わたしは母に問われ、自分の考えをゆっくり頭の中で整理しながら話した。

「もちろん、経営に関しては素人ですし、父の足元にも及ばないかもしれませんけど。父が仕事に向き合う姿勢は、ずっとこの目で見てきましたから、まだ自信はありませんけど精一杯務めたいと思ってます」

「だがねぇ、絢乃ちゃん。君はまだ高校生で、学校も――」

「分かってます。学校生活を送りながら、会長の務めを果たすのは大変なことだって、わたしも覚悟してます。だからこそ、貴方がた大人の支えや協力なしには務まらないんです。どうか、お力添えをお願いできないでしょうか」

「あのね、みなさん。私も、このコが学校に行ってる間は、会長の職務を代行しようと思ってるの。それが、このコを会長に擁立(ようりつ)した親の責任だって分かってるから。だから私たちは、二人で一人前の会長なの」

「二人でひとり……ねえ。経営はそんなに甘いモンじゃないんだよ、お二人さん? だったら私は、(かね)(たか)さんを会長に推そうじゃないか。この方は(むね)(あき)さんの弟さんだし、順当にいっても最年長の彼が会長になるのがふさわしいんじゃないかと思うね」

 別の親族で、系列会社の社長を務めている人が別の候補者を立ててきた。この人は、葬儀の後の親族会議でも父を非難していたうちの一人だった。
 ちなみに、宗明というのが亡き祖父の名前である。祖父の弟ということはわたしの(おお)叔父(おじ)にあたり、年齢も六十代半ば。けれど、彼もわたしと同じく、経営に関わった経験がまったくなかった。

 母もそのことをよく知っていたらしく、冷静に切り返した。

「兼孝叔父さまには、経営のご経験がないでしょう? それくらい、姪の私だって知ってます。それなのに、年齢だけで会長候補に擁立するなんて。年功序列なんて考え方、この令和の時代にはナンセンスですわ」

「なっ……! じゃあ、他の役員の意見も聞いてみようじゃないか! どうだね? この小娘と、宗明会長の弟さん。どちらが会長にふさわしいと思うかね?」