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 ――その二日後、丸ノ内の〈篠沢商事〉ビルの大会議場において、緊急取締役会が行われた。
 主な議題は新会長の選出と、それに伴った役員人事の刷新。
 学校は忌引き中だったわたしは、議長を務める母とともに、急きょ銀座(ぎんざ)のセレクトショップで購入した高級ブランドのレディーススーツに身を包んで会議に臨んだ。その日は気合を入れるために、パーティー用ではなくビジネスメイクにも挑戦してみた。

「――おはようございます。桐島です。お迎えに上がりました」

 彼は二日前に宣言したとおり、当日の朝、自由ヶ丘の自宅まで愛車であるシルバーのマークXでわたしたち母娘を迎えに来てくれた。

「おはよう、桐島さん。今日はよろしく。……あ、今日〝から〟かな」

「そうなるといいですね。……いえ、きっとなりますよ」

 わたしがちょっとはにかみながら挨拶を返すと、彼は優しく微笑んでそう言ってくれた。

「桐島くん、おはよう。わざわざ悪いわね」

「ああ、いえいえ。僕が自分で言いだしたことですから、どうかお気になさらず。――では、参りましょう。後部座席にお乗り下さい」

 彼は後ろのドアを外から開けてくれて、わたしと母が乗り込むと運転席に戻り、ドアロックをかけて車をスタートさせた。

「スゴいわねぇ。これ、あなたの持ち(しゃ)なんでしょう? 絢乃から聞いてるわ」

 わたしもこの車に乗らせてもらうのは初めてだったのでワクワクしていたけれど、母のはしゃぎっぷりはわたし以上だった。

「はい。ローンを組んで、自分で買いました。僕自身、あまり身の丈に合わない買い物だとは思ってるんですが……」

「そんなことないよ! 少なくとも、わたしはそんな風に思ってないから」

「そうよ。あなたくらいの若さで、自分で車買おうと思うなんて立派よ! そこは堂々と胸を張るべきところだと思うわよ」

 身の丈に合うとか合わないとか、一体誰が決めるんだろう? わたしと出会ってからの彼は、よくそう言って自分を卑下しているけれど、わたしはそんな考え方が好きじゃない。
 この令和の時代に、身の丈も何も関係ないと思う。少なくともこの日本にいる限りは。

「そう……ですかね? お二人にそうおっしゃってもらえると、僕も救われた気がします」

「またそんなに(かしこ)まっちゃって……。桐島さん、もっと肩の力抜いたら?」

 彼はあくまで謙虚だったけれど、わたしには分かった。
 彼が秘書室への転属を希望したのと、新車を購入したのはほぼ同時期だったのだ。
 だから、それこそが彼の決意の表れだったのだと。