「加奈子さん、アンタの婿さんもとんでもないことをしてくれたモンだな。死んだ人のことを悪く言いたかぁないが、篠沢財閥を思いっきり引っ掻き回してくれた挙句、後継者はこんな小娘なんて。ったく、何考えてたんだか」

「絢乃ちゃんはまだ高校生だろう? 会長なんて務まるのかね」

 母の従兄弟(いとこ)にあたる人たちは、父の時に続いてまたグループ内で実権を握れなかったことを苦々しく思っていたらしく、口を揃えて父やわたしを非難していた。

「このコはね、あの人のやり方を一番近くで見てきたのよ? 父親の背中を見てきて、『自分が跡を継ぎたい!』って言ってるの。……まぁ、年は確かにまだ若いわ。むしろ幼いと言ってもいい。だからこそ、周りの大人がちゃんと支えてあげないといけないんじゃないの?」

「…………」

 母は娘であるわたしのことを精一杯庇ってくれていたけれど、わたしの居心地の悪さは変わらなかった。
 わたしのことは、いくらでも悪く言ってくれて構わない。でも、最期まで財閥の行く末を案じて亡くなった父のことを非難されるのは、さすがにガマンならなかった。

「――みなさん、ちょっと失礼します。絢乃さん、席外しましょうか」

 その場にいた唯一の他人である彼が、気を利かせてわたしに助け舟を出してくれた。空気の悪いお座敷から連れ出してくれたのである。

「……うん、そうするわ」

「桐島くん、ありがとう。絢乃のことお願いね?」

「はい、お任せ下さい。絢乃さん、行きましょうか」

 場の空気を読んだ彼のナイスアシストに、母は小声でお礼を言った。
 その後もしばらく母と親族との言い争いは聞こえていて、今度は彼がわたしを退席させたことを非難し始めていた。けれど、母は「桐島くんはただの従業員なんだから関係ないでしょう?」と、彼の味方についてくれていた。

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 ――彼がわたしを連れていった先は、待合ロビーだった。
 そこは何基かのソファーとローテーブル、自動販売機が数台、そして化粧室があるだけの広いスペースで、お座敷ほどではないけれど暖房も効いていた。

「――絢乃さん、ここに座って待ってて下さいね。飲み物買ってきますから。何かご希望はありますか?」

「ありがとう。じゃあ……、カフェオレをお願い。あったかい方ね」

「分かりました」

 彼は頷き、わたしに背を向けて自動販売機の方へ行った。
 その日は他に火葬を待つ人々もいなかったので、わたしはひとりロビーのソファーに腰を下ろし、彼が戻るまでの一分にも満たない時間を過ごした。