「……すみません。今のは忘れて下さい。――行きましょうか」
でも、彼は照れ臭かったのか、そう言ってはぐらかした。
「うん……。史子さん、わたし、彼を見送りに行ってくるわ。ママたちにもそう伝えて?」
「かしこまりました」
――わたしは、彼と並んで車庫へ向かって歩き出した。
彼の方が明らかに脚が長いので、歩くスピードも当然彼の方が早いはずなのに、彼はわたしの歩幅に合わせて歩いてくれていた。
そんな彼の気遣いや優しさに、わたしの胸はまた高鳴った。
「――これが、僕の新しい車です」
大きなリムジンが五,六台は停められる広さの車庫の一画に停められていたのは、シルバーのセダン。彼の話によれば、車種は国産車の〈マークX〉だという。ちなみに、これは今でも彼の愛車である。
「へえー……、スゴいわね! ホントに買ったんだ……。この車、いくらかかったの?」
わたしはちょっと下世話かな……と思ったけれど、気になる金額について彼に訊ねてみた。
「えっと……、内装をカスタムした時にかかった分も含めて、ざっと四百万ですかね」
「四百万……。もちろんローンを組んで、よね?」
わたしや母にとって、四百万円というのは大した金額ではないけれど(決してイヤミではなく、事実である)。彼はごく普通の会社員なので、この金額を現金でポンは考えにくかった。だから、これだけの大きな買い物ならローンを組んだと考えるのが自然である。
「はい。月々の支払い額は増えちゃいましたけど、絢乃さんに乗ってもらうためなら……と思えば全然苦になりませんよ。そのために、ちょっと給料のいい部署に転属することになってますし」
「……ねえ、その転属先の部署って、まだわたしには教えてもらえないの?」
「そうですね……、今はまだ。話せる時が来たら、ちゃんとお話しします。本当は……、来ない方がいいのかもしれませんけど」
「…………」
悲しそうな表情で彼が答えるのを見て、わたしには何となくだけれど、彼の言ったことの意味が分かった。
彼がわたしにその話をするのは、父がこの世を去ってからなのだと。
「――じゃあ、僕もそろそろ失礼します。絢乃さんも風邪をひかないように、早くお家の中に戻った方がいいですよ。お父さまのこと、よろしくお願いしますね」
雪はさらに激しく降りしきっていた。これ以上積もったら、タイヤチェーンが必要になるくらいだった。
「うん、おやすみなさい。また……、連絡くれますか?」
「はい、もちろんです」
彼はわたしに微笑みかけた後、運転席に乗り込んで、雪の中車をスタートさせたのだった。
でも、彼は照れ臭かったのか、そう言ってはぐらかした。
「うん……。史子さん、わたし、彼を見送りに行ってくるわ。ママたちにもそう伝えて?」
「かしこまりました」
――わたしは、彼と並んで車庫へ向かって歩き出した。
彼の方が明らかに脚が長いので、歩くスピードも当然彼の方が早いはずなのに、彼はわたしの歩幅に合わせて歩いてくれていた。
そんな彼の気遣いや優しさに、わたしの胸はまた高鳴った。
「――これが、僕の新しい車です」
大きなリムジンが五,六台は停められる広さの車庫の一画に停められていたのは、シルバーのセダン。彼の話によれば、車種は国産車の〈マークX〉だという。ちなみに、これは今でも彼の愛車である。
「へえー……、スゴいわね! ホントに買ったんだ……。この車、いくらかかったの?」
わたしはちょっと下世話かな……と思ったけれど、気になる金額について彼に訊ねてみた。
「えっと……、内装をカスタムした時にかかった分も含めて、ざっと四百万ですかね」
「四百万……。もちろんローンを組んで、よね?」
わたしや母にとって、四百万円というのは大した金額ではないけれど(決してイヤミではなく、事実である)。彼はごく普通の会社員なので、この金額を現金でポンは考えにくかった。だから、これだけの大きな買い物ならローンを組んだと考えるのが自然である。
「はい。月々の支払い額は増えちゃいましたけど、絢乃さんに乗ってもらうためなら……と思えば全然苦になりませんよ。そのために、ちょっと給料のいい部署に転属することになってますし」
「……ねえ、その転属先の部署って、まだわたしには教えてもらえないの?」
「そうですね……、今はまだ。話せる時が来たら、ちゃんとお話しします。本当は……、来ない方がいいのかもしれませんけど」
「…………」
悲しそうな表情で彼が答えるのを見て、わたしには何となくだけれど、彼の言ったことの意味が分かった。
彼がわたしにその話をするのは、父がこの世を去ってからなのだと。
「――じゃあ、僕もそろそろ失礼します。絢乃さんも風邪をひかないように、早くお家の中に戻った方がいいですよ。お父さまのこと、よろしくお願いしますね」
雪はさらに激しく降りしきっていた。これ以上積もったら、タイヤチェーンが必要になるくらいだった。
「うん、おやすみなさい。また……、連絡くれますか?」
「はい、もちろんです」
彼はわたしに微笑みかけた後、運転席に乗り込んで、雪の中車をスタートさせたのだった。