「……えっ? そうかしら」

『はい。多分、口ではおっしゃらないでしょうけど、心の中ではいつも感謝されてると思いますよ』

「そう……」

 父の愛情表現は、時々分かりづらかった。元々が照れ屋な性格だったから、というのもあったのかもしれない。だから、父がもし本当にそう思っていたとしても、彼のこの言葉がなければわたしは気づけなかったと、今は思う。

『――それで、お父さまは今、どうなさってるんですか? 今後の治療方針とかは聞かれました?』

「ううん、それはこれから聞くけど。一応、今日は家に帰ってきてるから、すぐに入院ってことにはならなかったんだと思う。先生はパパのお友達みたいだから、パパの意思を尊重したかったんじゃないかしら」

 死期が迫っているのなら、医師は最期(さいご)の瞬間まで患者の好きなように過ごさせてあげたいと思うものなのかもしれない。

『そうですか……。でも、「あと三ヶ月しかない」と悲観するよりも、「あと三ヶ月は一緒にいられる」って前向きに考えた方が、絢乃さんも気持ちが楽になるんじゃないですか? 三ヶ月もあれば、お父さまにして差し上げられることもまだまだたくさんありますし。最期には()いも残さずに、見送って差し上げられるじゃないですか』

「……うん。そうね。わたしも、パパには悔いを残してほしくないもの」

 わたしがそう答えると、彼も「そうでしょう?」と同意してくれた。

『僕が絢乃さんにして差し上げられることなんて、こうしてお話を聞くことくらいですけど。それでもよければ、またいつでも連絡して下さい。それで、絢乃さんのお気持ちが楽になるんでしたら』

「ええ。ありがとう、桐島さん。――それじゃ、また何かあったら連絡するわ。じゃあ、失礼します」

『はい。じゃあまた』

 彼は律儀(りちぎ)にちゃんと一言答えて、電話を切った。

 彼と電話で話したことで、わたしの心はだいぶ落ち着いた。

 彼の口調は穏やかで優しくて、温かくて。まるでお日様のような包容力がある。この後も、今だって、わたしは彼のこの温かさにどれだけ救われてきたか分からない。

 彼の言葉をもっと聞いていたい。彼の笑顔が見たい。――わたしはこの日から、どれだけそう思ったことだろう。

 わたしは読書が好きで、恋愛小説もよく読んでいたから、この時にピンときた。「これが恋なんだ」と。……まだ、()っすらではあったけれど。