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 ――父の病を知った日のことは、今でもよく覚えている。というか、この先も一生忘れることはできないだろう。

 その連絡が母から来たのは、その日の午後。お昼休みも終わり、五限目の授業が始まって間もなかった頃だった。
 授業中に、制服のブレザーの右ポケットでマナーモードに設定してあったスマホが震えたのだ。開いてみると、発信元の表示は母の名前だった。
 直感的に、この電話で、父に何かあったのだとわたしには分かった。

「――先生! 母から急ぎの電話が……。出てもいいでしょうか?」

 授業中であったため、わたしはすぐに出られなかった。クラス担任でもあった国語の先生には事情をお話ししてあったので、彼女は「すぐに出て差し上げなさい」と言ってくれた。

「――ママ、お待たせ。……どうだった?」

 廊下に出て通話ボタンを押すと、わたしは第一声でそう訊ねた。

『絢乃……、いい? 落ち着いて聞いてね。――パパはね……』

「――え? 末期ガン?」

 母の答えを聞いた途端、わたしは目の前が真っ暗になった気がした。
 神様は意地悪だ。どうしてわたしたち親子に、こんなにも残酷な宣告をなさったのだろう?

『ええ、そうなの。元々はガン細胞が胃にできてたらしいんだけど、それがもう体中のあちこちに転移してて。後藤先生も外科医の先生も、もう手の(ほどこ)しようがない状態らしいのよ。余命宣告も受けたわ』

「そんな……。余命って、あとどれくらいなの?」

『もってあと三ヶ月、らしいわ。もういつどうなってもおかしくない状態なんですって』

「…………そう」

 わたしは重苦しい息を吐き出すように、それだけを言うのが精一杯だった。

「ねえママ、パパは入院しなきゃいけないの? 今日家には帰れるの?」

『そうね……、今日はとりあえず家に帰ってもいいって。会社のこともあるし』

 父が治療に専念することになれば、経営にも支障が出かねないということだった。母は会社やグループに(たずさ)わる人たちの生活面を心配したらしい。

「じゃあわたしも、先生に事情を話して早退させてもらうわ。電車で帰るから、時間かかっちゃうけど。コレばっかりは――」

『待って絢乃。寺田を迎えに行かせるから、あなたは学校の前で待ってなさい。電車じゃ時間がかかりすぎるでしょう?』

 母がわたしのために、寺田さんを動かすことはあまりない。この時ばかりは、緊急事態だからそうしたのだとわたしは思う。

「分かった。ママ、ありがとう! じゃあわたし、とにかく先生に事情を話すわ。寺田さんには、わたしが校門の前で待ってるって伝えてくれる?」