「あ……、ゴメン。そうだよね。つい調子に乗っちゃった」

 里歩はばつが悪そうに、長身の肩を縮こませた。

「ううん、いいのよ里歩。ありがとね。わたしの気を紛らわせるために、そういう話に持って行ったんでしょ? わたし、ちゃんと分かってるから」

 里歩とはもう十年以上、この当時でも十年の付き合いである。わたしが彼女の性格を知り尽くしていないわけがなかった。
 彼女はわたしの変化にものすごく敏感で、少しでも様子がおかしいと「何かあった?」と訊いてくれるような子だ。この時だって、きっとそうだったのだろう。

 それに、わたしだって本気で彼女に怒っていたわけではないし……。

「――お父さん、大した病気じゃないといいけどね」

「うん……。でもね、わたしもママも、もう覚悟はできてるの。パパがもし重病で、余命いくばくもなかったとしても、わたしはその事実をちゃんと受け入れるから」

「絢乃……。アンタは強いね。あたしだったらそんな現実、絶対受け入れられないよ」

 里歩が「自分はマネできない」というように、軽く首を振った。

「買いかぶりすぎよ、里歩。これも、名家に生まれた子供の宿命なのかも、って思ってるだけ」

 父に何かあった時には、わたしが跡を継ぐ。――それは、幼い頃にわたし自身が決めたことだった。

 父が会長として会社のため、社員や従業員のみんなのため、そしてわたしたち家族のために身を粉にして働いてきたことはわたしの誇りだったし、わたしはそんな父が大好きだった。
 だから、自然と父の跡を継ぎたいと思うようになっていたのかもしれない。誰に言われたわけでもなく、本当に自分の意思で。

 ただ、それはもっと先、自分が二十歳を超えてからだろうと、父が現実に倒れる前までは漠然(ばくぜん)と思ってもいた。早くても、高校を卒業してからだと。
 なので、その時は「いくら何でも早すぎる」と思う自分がいたことも事実だった。