髪と体を丁寧に洗い、ヘアートリートメントをしてバスタブにゆったり浸かって温まった後、わたしはバスルームを出た。
『湯冷めしないようにして下さいね』
バスタオルで髪の水分を拭き取っていた時、ふと入浴前の電話で彼に言われた言葉が頭をよぎった。
わたしの髪は長いので、乾かすのに時間がかかる。だから、疲れている時や面倒だなと思った時には根元だけをドライヤーで乾かして、あとは自然乾燥、ということが今でもたまにある。その方が髪のためにはいいのだと、美容師さんから言われたことがあるのだ。
でも、湯冷めしないためにはそんなことを言っていられない。せっかく彼が心配して言ってくれたのだから……と、その夜は毛先までしっかりドライヤーを当てて自慢のロングヘアーを乾かした。
「桐島さんって、恋人に対しても同じように言ってるのかしら?」
思わず口をついて出たそんな疑問が、わたしの胸をチリリと焦がした。
彼に恋人がいるかもしれないということで、どうしてこんなにも胸が苦しくなるのかしら? ……わたしはその時、ただ不思議に思うだけだった。それが〝恋〟なのだと、まだ知らなかったから。
彼に恋人なんていませんように。そして、わたしのことだけを考えていてくれますように。……と、なぜ自分がそんなワガママなことを願うのか分からないまま、わたしはその時願っていた。
そんな自覚のない恋の始まりと、父の病状への心配とが混ざり合う複雑な心境で、その日の夜は更けていった――。
****
――翌日。朝食を少し残したわたしは制服の赤茶色のブレザーを羽織ると、ダイニングテーブルの下に置いていたスクールバッグを手にして席を立った。
「ごちそうさま。じゃあ、学校に行ってくるね。ママ、パパのことよろしく」
「ええ。……あ、胸元のリボン、曲がってるわよ」
母は立ってわたしのところへやってくると、制服の赤いリボンを直してくれた。
このリボンは、茗桜女子の制服の中でもわたしの一番のお気に入りだった。初等部と中等部・高等部で制服のデザインは違うけれど、初等部からこのリボンだけはお揃いなのだ。
「……ありがとう。じゃあ、里歩が待ってるから。行くね」
中川里歩は、初等部からのわたしの大親友だ。中等部からはバレーボール部に入っていて、高等部二年生の秋からはキャプテンを務めていた。
「ええ、行ってらっしゃい。里歩ちゃんにあんまり心配かけちゃダメよ」
「うん、分かってる。――じゃあ、行ってきます」
『湯冷めしないようにして下さいね』
バスタオルで髪の水分を拭き取っていた時、ふと入浴前の電話で彼に言われた言葉が頭をよぎった。
わたしの髪は長いので、乾かすのに時間がかかる。だから、疲れている時や面倒だなと思った時には根元だけをドライヤーで乾かして、あとは自然乾燥、ということが今でもたまにある。その方が髪のためにはいいのだと、美容師さんから言われたことがあるのだ。
でも、湯冷めしないためにはそんなことを言っていられない。せっかく彼が心配して言ってくれたのだから……と、その夜は毛先までしっかりドライヤーを当てて自慢のロングヘアーを乾かした。
「桐島さんって、恋人に対しても同じように言ってるのかしら?」
思わず口をついて出たそんな疑問が、わたしの胸をチリリと焦がした。
彼に恋人がいるかもしれないということで、どうしてこんなにも胸が苦しくなるのかしら? ……わたしはその時、ただ不思議に思うだけだった。それが〝恋〟なのだと、まだ知らなかったから。
彼に恋人なんていませんように。そして、わたしのことだけを考えていてくれますように。……と、なぜ自分がそんなワガママなことを願うのか分からないまま、わたしはその時願っていた。
そんな自覚のない恋の始まりと、父の病状への心配とが混ざり合う複雑な心境で、その日の夜は更けていった――。
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――翌日。朝食を少し残したわたしは制服の赤茶色のブレザーを羽織ると、ダイニングテーブルの下に置いていたスクールバッグを手にして席を立った。
「ごちそうさま。じゃあ、学校に行ってくるね。ママ、パパのことよろしく」
「ええ。……あ、胸元のリボン、曲がってるわよ」
母は立ってわたしのところへやってくると、制服の赤いリボンを直してくれた。
このリボンは、茗桜女子の制服の中でもわたしの一番のお気に入りだった。初等部と中等部・高等部で制服のデザインは違うけれど、初等部からこのリボンだけはお揃いなのだ。
「……ありがとう。じゃあ、里歩が待ってるから。行くね」
中川里歩は、初等部からのわたしの大親友だ。中等部からはバレーボール部に入っていて、高等部二年生の秋からはキャプテンを務めていた。
「ええ、行ってらっしゃい。里歩ちゃんにあんまり心配かけちゃダメよ」
「うん、分かってる。――じゃあ、行ってきます」