彼の言い分はごもっともだったけれど、わたしは口を尖らせた。
 父親が重病かもしれない。もしかしたら、命が危ないかもしれない。そんな時に、呑気(のんき)に学校で授業を受けている場合ではないと自分では思っていたのだ。

『ご一緒に病院へ行かれたところで、絢乃さんがお父さまのご病気を代わって差し上げられるわけじゃないでしょう? あなたが普段通りに過ごされる方が、お父さまも安心されるんじゃないですか? ……と、僕は思うんです』

「……」

 彼は子供をなだめるように言ったけれど、途中から説教臭くなったと気づいたのか、最後は取ってつけたように言い換えた。

『もちろん、これはあくまでも僕個人の考えで、お父さまが本当にお考えかどうかは分かりませんけど。僕があなたの父親だったら、多分そうだと思います』

「うん……、そうね。そうかもしれないわ」

 わたしまで思い詰めていたら、その方が父も悲しむかもしれないとわたしは思った。
 それに、お医者様から病名を告知された時、大人の母ならまだ冷静でいられるだろうけれど、わたしも果たして同じように冷静でいられるかといわれると、あまり自身がなかった。
 それなら、この件は母に任せておいた方がいいと、わたしは考え直した。

「明日はママの言うとおり、ちゃんと学校へ行って、おとなしく連絡を待つことにするわ。検査が終わったら、連絡をくれるって言ってたから」

『そうですね。その方がいいです。まあ、絢乃さんも落ち着かないでしょうけど、まずはご病気で苦しんでらしゃるお父さまを安心させて差し上げて下さい』

「うん、そうするわ。桐島さん、ありがとう」

 その時、バスルームから聞こえる水音が変わった。ちょうど、バスタブのお湯も一杯になる頃だった。

「じゃあ、そろそろ切るわね。お風呂にお湯を張ってるところだったから。桐島さん、おやすみなさい」

『はい、おやすみなさい。湯冷めしないようにして下さいね? 最近、夜はちょっと冷えますから』

「うん。……じゃあ」

 最後の彼の言葉は、まるで兄が妹に言うようだとわたしは思って何だかおかしかった。

 ――着替えを用意してバスルームに入ると、わたしはまずシャワーで髪のスタイリング剤を流した。すると、(ゆる)くウェーブがかかっていたわたしの髪は、少し茶色がかったストレートのロングヘアーに戻った。