「わたしもホントは無理強いなんてしたくないの。でもね、わたしもママも、パパの体が心配なの。お願いだから、それだけは分かって」
わたしの真剣な眼差しを受けて、父はしばらく思案顔になった。母もわたしを援護するように、父に畳みかけた。
「あなた、私からもお願い。絢乃がここまで言うなんて、よっぽどのことよ。この子は心からあなたの体調を気遣ってくれてるの。アドバイスをくれた社員の方もそうよ。分かってるの? あなたは私と絢乃だけじゃなく、たくさんの人の生活を背負ってるんでしょう?」
母の言い方がどことなく上から目線だったのは、この家の当主である母の方が立場が上だったからだろう。今思えば、両親の関係は世間で言うところの〝かかあ天下〟だったのかもしれない。
そしてそれは今、娘であるわたしにも受け継がれつつある。――それはさておき。
「……分かった。君たちの心配は、十分伝わったよ。早速明日にでも、検査を受けてくることにしよう。――加奈子、後藤に今から連絡を取ってみてくれないか?」
「ええ。分かったわ」
「ホント!? パパ、ありがとう!」
父はわたしと母の願いを聞き入れてくれた。母は早速、父の大学時代の友人である大学病院の勤務医・後藤聡志先生に連絡して、翌日診察を受けられないか訊ねていた。彼は当時、内科部長だったと思う。
「――えっ、本当ですか!? ――ええ。――はい。――では明日、午前中に診察をお願いします。――はい、ありがとうございます。では、失礼します」
自分のスマホで通話をしていた母は、電話を切ると後藤先生とのやり取りの内容をわたしと父に報告した。
「後藤先生、明日の午前の診察で診て下さるそうよ。ついでに詳しい検査もしましょう、って」
「そうか。ありがとう」
「パパ、よかったわね。じゃあ明日、わたしも一緒に――」
わたしも一緒に行く、と言いかけたわたしを、母が制止した。
「何言ってるの、絢乃。あなたは明日、学校があるでしょう? パパにはママがついて行くわ。検査が全部終わったら、ちゃんと連絡するから。あなたはもうお風呂に入って寝なさい」
「……は~い。じゃあパパ、ママ。おやすみなさい」
本当は学校なんてどうでもよかった。一日休んで、父に付き添っていたかった。高校生という自分の身分が、このうえなく恨めしかった。
****
わたしは同じ二階の自分の部屋に戻ると、浴室のバスタブの蛇口をひねった。
我が家は各部屋に浴室とトイレがあり、よく「ホテル並みだ」と言われる。この部屋のバスルームは、つまりわたし専用ということである。
わたしの真剣な眼差しを受けて、父はしばらく思案顔になった。母もわたしを援護するように、父に畳みかけた。
「あなた、私からもお願い。絢乃がここまで言うなんて、よっぽどのことよ。この子は心からあなたの体調を気遣ってくれてるの。アドバイスをくれた社員の方もそうよ。分かってるの? あなたは私と絢乃だけじゃなく、たくさんの人の生活を背負ってるんでしょう?」
母の言い方がどことなく上から目線だったのは、この家の当主である母の方が立場が上だったからだろう。今思えば、両親の関係は世間で言うところの〝かかあ天下〟だったのかもしれない。
そしてそれは今、娘であるわたしにも受け継がれつつある。――それはさておき。
「……分かった。君たちの心配は、十分伝わったよ。早速明日にでも、検査を受けてくることにしよう。――加奈子、後藤に今から連絡を取ってみてくれないか?」
「ええ。分かったわ」
「ホント!? パパ、ありがとう!」
父はわたしと母の願いを聞き入れてくれた。母は早速、父の大学時代の友人である大学病院の勤務医・後藤聡志先生に連絡して、翌日診察を受けられないか訊ねていた。彼は当時、内科部長だったと思う。
「――えっ、本当ですか!? ――ええ。――はい。――では明日、午前中に診察をお願いします。――はい、ありがとうございます。では、失礼します」
自分のスマホで通話をしていた母は、電話を切ると後藤先生とのやり取りの内容をわたしと父に報告した。
「後藤先生、明日の午前の診察で診て下さるそうよ。ついでに詳しい検査もしましょう、って」
「そうか。ありがとう」
「パパ、よかったわね。じゃあ明日、わたしも一緒に――」
わたしも一緒に行く、と言いかけたわたしを、母が制止した。
「何言ってるの、絢乃。あなたは明日、学校があるでしょう? パパにはママがついて行くわ。検査が全部終わったら、ちゃんと連絡するから。あなたはもうお風呂に入って寝なさい」
「……は~い。じゃあパパ、ママ。おやすみなさい」
本当は学校なんてどうでもよかった。一日休んで、父に付き添っていたかった。高校生という自分の身分が、このうえなく恨めしかった。
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わたしは同じ二階の自分の部屋に戻ると、浴室のバスタブの蛇口をひねった。
我が家は各部屋に浴室とトイレがあり、よく「ホテル並みだ」と言われる。この部屋のバスルームは、つまりわたし専用ということである。