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――わたしの家は洋館だけれど、生活スタイルは玄関で靴を脱いでスリッパに履き替える日本式である。
玄関でスリッパを履いていると、母と住み込みお手伝いさんの安田史子さんがリビングから出てきた。
「お帰りなさいませ、お嬢さま!」
「お帰り、絢乃。今日はお疲れさま」
「……ただいま。パパは?」
わたしはリビングに入るより先に、父の心配をした。
「さっき寝室を覗いたら、もう起き上がってたわ。……で、あなたが電話で言ってた『大事な話』って何なの?」
「そう。――じゃあ、ママもついて来てくれる? パパに話があるの。直接伝えたいから」
わたしの表情が相当鬼気迫っていたのだろう。母は「分かったわ」と頷いた。
「実はね、ママ。パパのことなんだけど――」
彼から助言されたことを母に話すと、母も表情を引き締めた。
「なるほどねぇ……。もしかしたら、桐島くんの言う通りなのかもね。それなら、話すのが早いに越したことはないわ」
「うん、わたしもそう思ったの。パパにもしものことがあったら……って」
彼から初めてそのことを聞かされた時、わたしは目の前が真っ暗になった。それはあまりにも残酷な宣告で、できることなら耳を塞ぎたかった。でも、一番つらかったのは誰でもなく、それを言った彼だったのだと思う。
「――あなた、起きてる? 絢乃が帰ってきたわ。入ってもいいかしら?」
「パパ、大事な話があるの。聞いてもらえる?」
母がドアをノックし、わたしが声をかけると、父の苦しそうな声で「どうぞ」と返事があった。
「おかえり、絢乃。心配かけてすまなかったな」
「ううん、いいの。わたしは大丈夫」
ベッドの上で上半身だけ起こしていた父は、倒れた時ほどではないけれど顔色があまりよくなかった。
自分が一番つらかっただろうに、わたしの心配をしてくれた父に、わたしの胸は締め付けられた。
「――で、大事な話って何だ?」
父の様子を目の当たりにして、わたしは一瞬言うのをためらった。けれど、父のためにも一刻も早く伝えるべきだと思い、意を決して切り出した。
「あのね、パパ。今日倒れたでしょ? それでね、パパのことを心配してくれた一人の社員の人が言ったの。『お父さまは一度病院で検査を受けた方がいい』って」
「……検査?」
「うん。もしかしたら、命に関わる病気かもしれないから、って。病院嫌いなのは分かってるけど、一度キチンと診てもらった方がいいとわたしも思うの」
父は病院が嫌いだった。ちょっと体調を崩したくらいなら、家でゆっくり休めばよくなると言っていた。
でも、この時はそうも言っていられない状態だった。