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――その十数分後、わたしを乗せた彼の車は自由ヶ丘の篠沢邸、つまりわたしの家のゲートの前まで着いた。
わたしの家は母の生まれ育った家で、真っ白な壁の二階建ての洋風の大豪邸である。玄関へ続く広いアプローチは中庭も兼ねており、庭師が管理してくれている広い英国式庭園になっている。
「桐島さん、送ってくれてありがとう! パパのことも、心配してくれてありがとうね」
乗り込む時と同じく、彼が外からドアを開けてくれた。車を降りたわたしは、彼にお礼を言った。
「いえ。こんな僕でもお役に立ててよかったです」
彼はあくまで謙虚に言って、わたしに会釈を返してくれた。
――このまま、彼との接点はなくなってしまうんだろうか……。わたしは彼に背を向け、その広い玄関アプローチへ足を向けようとしたけれど、後ろ髪を引かれる想いでもう一度彼に向き直った。
「……ねえ桐島さん。連絡先、交換しない?」
「はい?」
彼は戸惑っていた。まさか女子高生、それも雇い主の令嬢からそんなことを言われるとは思ってもみなかったのだろう。
今思えば、わたしは勢いに任せてそんなことを口走ってはいたものの、彼がそれに応じてくれるかどうかまでは考えていなかった。なので、断られても仕方ないかな……と思い、言い訳がましく付け加えた。
「あの……、どうしてもってわけじゃないの。ただ、パパのこととか、アドバイスしてくれた貴方にはちゃんと伝えたいから。これも何かの縁……っていうか……、その……」
「いいですよ、絢乃さん。交換しましょう」
テンパってしどろもどろになったわたしの言葉を遮り、彼は快くアドレス交換に応じてくれた。
「えっ、ホントに……いいの?」
「はい」
「そ……そう? じゃあ……、お願いします」
わたしはおずおずと頭を下げ、自分のスマホを取り出した。
無事に連絡先の交換を終えたわたしは、改めて彼にお礼を言った。
「桐島さん、……今日は色々と、ホントにありがとう」
「お礼なら、さっきも言って頂きましたよ?」
彼はそう言って笑った。その優しい笑顔に、わたしの心は鷲掴みにされた。
「お父さまとお母さまに、よろしくお伝え下さい。じゃあ、僕はこれで。絢乃さん、おやすみなさい」
「……うん。おやすみなさい」
わたしは車に乗り込み、去っていく彼を見送ってから、家の玄関に向かって歩き出した。