「ううん! 愛想尽かしてなんか……。わたし、今度のことで痛いほどよく分かったの。わたしには、貴方が必要なんだって」

 たった一日会えなかっただけで、心にポッカリ穴が開いたようだった。自分で言いだしたことなのに、乙女心というのは勝手なものだ。

『……ありがとうございます。兄に、思いっきり説教されました。「親父に失礼だと思わねえのか!? お前の言ってることは、親父だけじゃなくて絢乃ちゃんにも失礼なんだぞ!」って。「大事なのはお前たち自身の気持ちなんじゃねえのか!?」って。――それで僕もやっと目が覚めました。改めて、絢乃さんにお伝えしたいことがあります』

「うん。……言ってみて」

『僕、恋愛小説によくいるようなヒーローっぽくないですよ? カッコよくもないし、平凡だし、強くもないです。こんな僕で、ホントにいいんですね?』

 わたしはスマホを握りしめて、かぶりを振った。電話だから、彼には見えないのに。

「うん! 貴方がいいの。貴方じゃないとダメなの。貴方は、わたしが初めて心から愛した人だから。結婚はもう焦らないことにしたわ。貴方がちゃんと覚悟を決めるまで、プロポーズはいつまででも待っててあげることにしたの」

 焦る必要なんてなかった。二人の絆が強固なら、形に拘る必要もないのだから。

『いつまででも、って……。じゃあ、一年後でも五十年後でも?』

 彼が笑いながら言うので、わたしも笑って「もちろんよ」と答えた。

『――絢乃さん、明日は出社されますよね?』

「うん。いつまでもママに迷惑かけられないから」

『分かりました。では、また明日、学校の前までお迎えに上がります』

「お願いね。電話ありがとう。じゃあ、また明日」

 彼の返事を聞いてから、終話ボタンを押した。窓の外を見れば、薄雲のかかった夜空に星が瞬いていた。

「よかった。明日は晴れそう」

 やっぱり天候と人の心は繋がっているのだろうか。星空を眺めていたら、わたしの心も穏やかでいられた。「わたしたちはもう大丈夫だ」と、何の根拠もないけれどそう思えた。

「――さてと、お風呂に入るにはまだ早いし、明日の予習でもしておこうかな」

 わたしは机の上に教科書とノート、参考書と筆記用具を並べ、教科書のページをめくった。