わたしは傘の()を握りしめる手に、ぐっと力を込めた。小降りになりつつあった雨足もまた強くなり、遠くの空には(いく)(すじ)もの(いな)(びかり)も見えた。

「…………楽しいですか?」

「は? なんて?」

「貴方、人の心を弄んで、人の気持ちを引っ掻き回してそんなに楽しいですか? 彼の心も、わたしの心も、貴方のおもちゃじゃないんです。何でもかんでも自分の思いどおりになると思わないで」

 静かな怒りほど怖いものはないらしい。それまで得意げに話していた有崎さんの表情が凍り付いた。

「だいたいわたし、左ハンドルの車って好きじゃないんです。いかついし、乗り心地悪いし、乗ってる人ってだいたいイヤミったらしいし。彼の車は国産車だけど、安全運転だしすごく乗り心地いんだから。貴方、自分はモテるって勘違いしてるみたいですけど、いい加減現実見たらどうですか? 貴方を本気で好きになってくれる女性なんていないと思います」

 これは完全に、有崎さんに対するマウンティングだった。貢の方がよっぽど貴方よりステキだという。

「とにかく、わたしは彼以外の男性を好きになることなんて、絶対にありません。貴方がどんなに汚い手を使おうと、何をしようと、わたしと彼との絆は絶対に壊せませんから! ムダな努力でしたね。残念でした。じゃ、さよなら」

「……えっ!? ……えっ!? ちょっと待っ……!」

 わたしは言うだけ言ってしまうと、スッキリした顔でクルリと彼に背を向け、新宿駅の方へ引き返していった。
 晴れ晴れとしたわたしの心と比例するように、雨はまた小降りになり、次第に止んでいった。

****

 ――彼からの電話は、夜八時ごろにかかってきた。

「はい、絢乃です」

 悠さんの言葉を信じて、ずっと電話を心待ちにしていたわたしは、発信元が彼だと分かるや否や躊躇なく通話ボタンをタップした。

『桐島です。今やっとアパートに帰ってこられました。実家でずーーっと兄から説教食らってて』

 彼の声は、思っていた以上にぐったりして聞こえた。これは相当絞られたに違いなかった。

「――ねえ、貢。貴方がそんなに思い詰めてたのは、わたしにも原因があったのよね? だから、夕方は謝らなくていいって言われたけど、やっぱりゴメンなさい」

『いえ、それは……。生まれや育ちの問題は、絢乃さんの意思とは関係ないですから。それはどうしようもないことなんです。それに拘ってた僕がバカでした。そんなことより、絢乃さんと僕自身の気持ちの方が大事だったのに、そのことをずっと忘れてました。僕の方こそすみませんでした。絢乃さんに愛想尽かされても仕方ないですよね』