「ちょっと、落ち着いて! とにかく、二階へ行きましょう」

「……うん」

 わたしは泣きじゃくりながら、母に背中をさすられて二階の自分の部屋へ向かった。 

 肉親を失うことはもちろん悲しいことだけれど、好きな人を自分から振るということも、それと同じくらい心に傷を負うことだったのだ。
 こんな時くらいは、普通の十八歳の女の子に戻って思いっきり泣いていたかった。

 二人してベッドの縁に腰かけ、母はわたしが泣き止むのを待って、両手を握ってくれた。

「冷たい手……。とりあえず、お風呂に入ってらっしゃい。お湯を張ってる間に、話聞かせてもらおうかしらね」

 一度バスルームに消えた母は、水音がする中すぐに戻ってきた。

「――で、桐島くんと何があったの?」

 わたしはそれまでの数ヶ月間に渡る彼とのすれ違いや、彼にわたしとの結婚の意思がないらしいこと、その原因はわたし自身にもあったかもしれないことを母に聞いてもらった。

「――わたし、もうどうしていいか……。彼のことホントに好きなのに、こんな終わり方って自分でも納得がいかなくて。……わたしと貢、もうダメなのかなぁ……?」

 母にこれだけの弱音を吐いたのは、もうどれくらいぶりだったろう? 普段は財閥のリーダーという重責を担っているために、母にすら素直に甘えることができずにいたけれど、この時だけはその重責から解放されて、母に思う存分甘えようと思った。

「そんなことないんじゃない? 彼だって、絢乃のこと本気で好きなんでしょう?」

「……うん。そう言ってたけど」

「だったら大丈夫! お互いにまだ気持ちが残ってるなら、終わりじゃないわ」

「……そっか」

「ええ。ところで絢乃、明日学校はどうするの? 具合が悪いなら、お休みしてもいいのよ」

「ううん、大丈夫。だって、わたしの本業はこっちだもん。勉強は待ってくれないから」

「……そう、分かった。でも、ムリはしないようにね。じゃあおやすみ」

 ――わたしは彼を嫌いになってなんかいない。そして、彼に嫌われたわけでもない。……そう思うと、まだ望みが絶たれたわけではないのだと、胸がスッと軽くなった気がした。
 できれば、彼もわたしと同じ気持ちでいてくれたらいいな……。そう思いながら、母が部屋を出た後、わたしはバスタブに身を沈めた。

****

 ――翌朝。わたしは早々に朝食のフレンチトーストを平らげ、ブレザーを羽織った。

「じゃあママ、わたし学校に行ってくるね。今日一日、桐島さんのことよろしくお願いします」

「ええ、それはいいけど……。ホントに大丈夫? 顔色まだ悪いわよ?」

「大丈夫。具合悪くなったら保健室もあるし、里歩も唯ちゃんもいるし。――じゃ、行ってきます」

 母の心配はありがったけれど、親友二人に心配をかけたくなくて、わたしは半分カラ元気で登校していった。