「わたし、あんな人がお婿さんになるのはイヤだな。だいたい、『釣り合う』『釣り合わない』って何なのよ。そんなこと、周りの人が決めることじゃないでしょ!? 本人同士が決めることじゃない! わたしは誰に何を言われたって、貴方以外の人とは結婚しないんだから!」

「……ムリだと思います」

「…………え? なにが?」

「いえ、何でも」

 彼はやっと口を開いてくれたけれど、彼の言った「ムリ」の意味が、わたしには分からなかった。その意味を訊ねても、彼はお茶を濁しただけでその後はわたしの家の前に着くまで、また口を(つぐ)んでしまった。

「――まだ降ってる……」

 わたしはフロントガラスの向こうに目を移し、独りごちた。行きから降り続いていた雨は勢いを増していて、ワイパーがひっきりなしに雨水を拭っていた。
 その光景は、わたしをますます(ゆう)(うつ)な気分にさせた。

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 ――わたしの家の前に着くと、彼はいつもどおりに助手席のドアを開けて、わたしを降ろしてくれた。雨の中だったので、傘を差していない彼の服はずぶ濡れになっていたけれど、彼は他のことで頭がいっぱいだったのだろう。それに構っていなかった。 

「今日はお休み日なのに、雨の中ご苦労さま。風邪引かないようにね。じゃあまた――」

「待って下さい、絢乃さん」

「……ん?」

「車内での、絢乃さんのお話なんですが。――絢乃さんのお婿さんのお話ですけど、僕ではムリだと思います」

「え……? 待って、どういうこと? どうして急に、そんなこと」

 彼からはっきりとそう言い切られたわたしは、ちょっとしたパニックに陥った。

「急な話じゃありません。僕には、あなたを幸せにする自信がないんです。あなたと僕とでは、元々住む世界が違うから。恋愛関係を続けるのには、何の問題もありませんけど、結婚となると話は別です。あなたには、僕よりもっとふさわしいお相手がいるはずなんです。ですから、あの――」

「ふざけないで! そんなの、貴方の考えすぎでしょう? わたしはそんなこと気にしない。住む世界が違うとか、育った環境が違いすぎるからとか、そんなのただの屁理屈よ」

 確かに、これは数ヶ月前からの彼の口癖だった。でも、聞き流して構わないくらいのレベルの口癖だと思って、大して気にも留めていなかった。
 それを、また急に蒸し返した原因は、やっぱりあの有崎という人だったのではないか――。

「貴方、あの人に何か言われたの? だからそんなこと言い出したんでしょう?」

「……それもあります。ですが、これは僕の本心でもありました。絢乃さんと出会い、恋に落ちたことは、僕にとってはシンデレラが王子と恋に落ちたのと同じくらいの出来事だったんです」

「え…………」

「ですから、ずっと気になっていたんです。いつかあなたが、僕というつまらない男から、もっと魅力的な男性に心変わりするんじゃないかと。それはそれで仕方ないことだと思ってたので、その時にはスッパリ身を引こうって決めてたんです」